床の日向
ふつう・3分

床の日向:引っ越しの見積もりだけ、取った

匿名の見積もり保管人・3分・ふつう

スマホのメモに、見積もりのスクショが入ってる。

単身、同一県内、荷物少なめ。閑散期なら四万円くらい。

取ったのは三週間前。まだ、誰にも言ってない。

この部屋に住んで七年になる。駅から遠くて、日当たりが悪くて、隣の生活音がよく聞こえる。不満を数えたらきりがないのに、七年いる。

嫌いなわけじゃないのだ。この部屋で、いろんな時期をやり過ごした。仕事が続かなかった時期も、人と会いたくなかった時期も、この部屋が黙って置いてくれた。

だから引っ越しを考えるたび、少し裏切るような気持ちになる。

でも最近、気づいてしまった。

日当たりの悪さに慣れることと、日当たりの悪さが平気なことは、違う。

友人に、明るい部屋に住んでる子がいる。遊びに行ったとき、床に日向ができていて、その子は当たり前みたいにそこで洗濯物を畳んでいた。

帰りの電車で、なんだか泣きそうになった。理由はうまく言えない。

引っ越すかどうかは、まだ決めてない。

見積もりを取るのって、無料なのだ。決めてなくても、取れる。

不動産のサイトも、たまに見てる。「南向き」で検索して、眺めて、閉じる。それを何回もやってる。

前の私なら、こういう自分を「優柔不断」と呼んで責めていたと思う。

今は、ちょっと違う気がしている。

決める前の時間を、ちゃんと過ごしてる。そんな気がしている。

スクショは、消さずに置いてある。

― 匿名の見積もり保管人

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