
…知らない曲を8分半聴いた、102人の答えから考えてみたにゃ。
こんな夜、ないにゃ?
悲しい曲を聴けば、悲しくなる。
それなのに、なぜか手がのびる。
聴いたあとは、いやな気分とも少しちがう。
あのとき胸の中にあるのは、
ほんとうに「悲しい」だけなのかにゃ。
音楽と心を研究するエーロラさんたち(2016年)は、フィンランドで102人の大人に、悲しい曲を1曲聴いてもらったにゃ。
集めたのは、国の統計の機関が地域・年齢・性別をそろえて選んだ人たちの中から。20歳から67歳まで、音楽好きばかりが集まらないようにしたにゃ。
曲は、多くの人が聴いたことのない、歌詞のない曲。戦争ドラマのサウンドトラックから8分半を切り出したものにゃ。歌詞や思い出で悲しくなる道をふさいで、音そのもので何が起きるかを見たかったからにゃ。
静かな部屋でヘッドホンをつけ、曲に浸ってもらう。聴き終わったら、どんな気持ちになったかを、いくつかの言葉ごとに答えてもらったにゃ。
聴いたあと、いちばん強く感じたと答えられた気持ちはどれだったと思う?
答えをまとめると、悲しい曲で起きる気持ちは、三つのまとまりに分かれたにゃ。
安らかで、どこかあたたかい。悲しい音を聴いて、気持ちが落ち着いていく感じ方にゃ。
悲しさと「胸を打たれた」が、いっしょに強く来る。「この曲が好き」という答えも、このまとまりに入っていたにゃ。
不安で、曲がこわく聞こえる。ただ、こう感じた人はとても少なかったにゃ。
「悲しい曲が心地いい」の中身は、ひとつじゃなかったにゃ。落ち着く人もいれば、胸がいっぱいになる人もいる。
では、だれが「胸を打つ悲しみ」を強く感じていたのか。重なっていたのは、物語の人物に入りこみやすい人、人の気持ちがうつりやすい人、困っている人を思いやる気持ちが強い人だったにゃ。何かに没頭しやすいか、懐かしがりやすいかとは、関係が見られなかったにゃ。
「繊細な人ほど、悲しい曲に癒される」と言われることがあるけれど、見えたのはもう少し細かい形にゃ。人の気持ちに入りこむ力のある人ほど、歌詞も思い出もない曲にさえ、心を動かされていた。
悲しい曲が、なぜ心地よくなりうるのか。決め手はまだないけれど、有力な説明を三つ並べてみるにゃ。
エーロラさんたち自身の考えにゃ。人の気持ちに入りこみやすい人は、曲の悲しさを自分の胸の中でなぞる。でも現実には何も失っていない。だから悲しさが、胸を打たれる感じや「好き」とまざって届くのでは、というものにゃ。
この研究では、ざわつく悲しみが強かった人は、聴いたあとに人の顔写真を見て、うれしそうな顔を少なめに読んでいたにゃ。胸を打つ悲しみの人には、そのかたよりは見られなかった。悲しいけれど、気分が沈んでいたわけではなさそうにゃ。
2015年に、悲しい音楽の研究をまとめた人たちは、悲しみが心地よくなるのは、身の危険がないとき、美しいと感じられるとき、気持ちの立て直しや人を思う気持ちのように心に役立つことがあるとき、と整理したにゃ。曲の中の悲しみは、こちらの暮らしを何も壊さないにゃ。
2011年に、音楽の研究者が出した説にゃ。人は悲しいとき、プロラクチンというホルモンが増えて、気持ちをなだめる。悲しい曲でもそれが起き、でも失ったものはないから、なぐさめだけが残るのでは、という考えにゃ。確かめた結果ではなく、これから確かめるための仮説として出されたものにゃ。
悲しい曲にかぎらない話もあるにゃ。好きな曲で鳥肌が立つ瞬間、脳のごほうびに関わる場所で血の流れが変わること(2001年)、そこでドーパミンが出ていること(2011年)が、別々の研究で確かめられているにゃ。どちらも、参加した人が選んだ好きな曲で調べたもので、悲しい曲を選んで調べたものではないにゃ。
2021年、同じ研究チームが、説③を血液で確かめにいったにゃ。
参加したのは女性62人。人の気持ちに入りこみやすい人と、そうでない人に分けて、知らない悲しい曲を聴いたときと、何も聴かなかったときの血液を比べたにゃ。
入りこみやすい人たちでは、
曲を聴いたときのほうが、
プロラクチンも、オキシトシンも
低かった。
ストレスのしるしになるホルモンは、
どの組でも変わらなかった
なぐさめのホルモンが増える、という予想とは逆向きだったにゃ。研究チームは、この形はなぐさめより、ごほうびを受けとったときの形に近い、と読んでいるにゃ。入りこみやすい人たちは、聴いたあと気分が明るくなり、胸を打たれたとも答えていたにゃ。
ただ、女性だけの、知らない曲での結果にゃ。2016年の研究も、使った曲は1曲だけだったにゃ。説③が消えたというより、少なくともこの形では確かめられなかった、というところにゃ。
研究の102人は、静かな部屋で、ヘッドホンをつけて、知らない曲1曲に8分半浸ったにゃ。
いまの私たちが悲しい曲に出会う場面は、もう少しばらばらにゃ。
研究の曲は、ドラマのサウンドトラックだったにゃ。いまも、ゲームやアニメの曲、ピアノだけの曲を、題名も知らないまま覚えていることがあるにゃ。
言葉がなくても、入りこむ力のある人は心を動かされていた。歌詞のない曲で胸がいっぱいになるのは、言葉より先に、音の中のだれかの気持ちを受けとっているからかもしれないにゃ。
この研究では、聴く前の気分が明るかった人ほど、しずかな悲しみや胸を打つ悲しみになりやすかったにゃ。聴く前から気分が沈んでいた人や、暮らしの満足が低めだった人ほど、ざわつく悲しみになりやすかった。
落ちこんだ日に悲しい曲を選んで、かえって胸がざわざわしたなら、曲が悪かったというより、その日の重さのせいかもしれないにゃ。別の曲に替えるのも、止めるのも、ひとつのやり方にゃ。
いまの音楽は、料理や片づけ、仕事のうしろで流れていることが多いにゃ。ひとつの曲に8分半入りこむ時間は、案外めずらしいにゃ。
比べた研究ではないけれど、研究の人たちは「曲に浸ってください」と頼まれて聴いていたにゃ。一曲だけ手を止めて聴いてみると、いつもの曲がちがって聞こえるかもしれないにゃ。
悲しい曲を聴き終わったとき、あなたにいちばん近いのは?

102人が聴いたのは、
ちゃんと悲しく聞こえる曲だったにゃ。
それなのに、胸の中でいちばん高かったのは、
悲しみではなく「安らか」。
曲の色と、聴いた人の胸の色は、
同じではなかったにゃ。
悲しい曲の中には、
悲しみと、安らぎと、
胸を打たれる感じが、
いっしょに入っているのかもしれないにゃ。
悲しい曲に手がのびる夜は、
悲しみに沈みにいく夜とは
かぎらないのかもしれない。
人の気持ちに入りこみやすい人は、
知らない曲の悲しさにも、
つい入りこんでしまう。
人のあいだでは、くたびれることもある力にゃ。
けれど曲の前では、その力が
「好き」のほうへ働いていた。
102人の答えを並べて、
ねこたちはそんなふうに想像しているにゃ。
「悲しいのに、もう一回」は、
たぶんおかわりの
合図にゃ。
なぐさめのホルモンが増えるのでは、と
血を調べてみたら、
曲に入りこみやすい人たちの中は、
ごほうびを受けとったときに
近い形をしていたにゃ。
悲しい曲を聴き終わって、
胸の中が少し静かなのは、
何かをもらって帰ってきた
あとだからかもしれないにゃ。
猫の国は、優しい人のための場所にゃ。
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