
…うわさ話のあいだ、体はふつうの話と少しちがう動き方をしていたにゃ。
こんな帰り道、ないにゃ?
その場にいない人の話で盛り上がると、
なぜか友だちとの距離が
近くなった気がする。
そのくせ帰り道に、
ちょっとだけ後ろめたい。
うわさ話をしているとき、
体の中では何が起きているのか。
友だち同士で確かめた実験があるにゃ。
ベルギー・アントワープ大学のルドニツキさんたち(2023年)は、大学生66人に来てもらったにゃ。申しこみの条件はひとつ。「友だちと、ふたり一組で来ること」。8割あまりが女性だったにゃ。
確かめたかったのは、昔からある説にゃ。サルは毛づくろいで仲を保ち、毛づくろいのあとはストレスのホルモンが下がる。人のうわさ話は、その毛づくろいの代わりに生まれた、という説にゃ。それなら、うわさ話のあとも、ストレスのホルモンは下がるはずにゃ。
まず、ひとりずつ別の部屋で、0〜2度の冷たい水に手を入れてもらったにゃ(長くて3分)。目の前にはカメラ、横では実験者がメモをとるふり。わざとストレスがかかるしかけにゃ。
そのあと、ふたりを同じ部屋に入れて15分。組によって、話すことを変えたにゃ。
恋人を裏切った人、仕事や学校の役目をさぼる人などの、5つの短い話を読む。そして「こういうこと、身近であった?」「その人のこと、どう思う?」をふたりで話すにゃ。
身のまわりの道具の写真20枚を見て、ふつうとはちがう使い道をふたりで考える。その場にいない人の話は出てこない課題にゃ。
話す前とあとに唾液をとってホルモンを測り、そのあいだずっと、手のひらの汗の反応と心拍を記録したにゃ。
ストレスのホルモンがよく下がったのは、どちらの組だったと思う?
ストレスのホルモンは、
どちらの組でも同じように下がった。
うわさ話の組だけ、
汗の反応と心拍のゆらぎが
より大きく上がった
汗の反応は、心が動いたときに上がるものにゃ。うれしくても、いやでも上がる。心拍のゆらぎは、安心していて、人のほうへ気持ちが向いているときに大きくなるとされているにゃ。
うわさ話の組では、その両方が上がっていた。体が起きていて、しかも相手のほうを向いている。「盛り上がる」を体で測ると、こんな形になるのかもしれないにゃ。
もうひとつ、おもしろい結果があったにゃ。ふだんからよくうわさ話をすると答えた人ほど、うわさ話のあとにストレスのホルモンがよく下がっていたにゃ。うわさ話でほっとできるかどうかは、人によるらしいにゃ。
研究者たちのまとめは、「うわさ話は毛づくろいの代わり」と言えるだけの証拠は足りなかった。けれど、はっきり打ち消す結果でもなかった、というものにゃ。参加者の多くが女性だったので、結果はおもに女性についての話だ、とも書いているにゃ。
もとになっているのは、イギリスの進化の研究者ダンバーさんが1990年代に出した考えにゃ。『ことばの起源』という題で日本でも訳された一般書にもなっているにゃ。実験で確かめられた事実ではなく、人のことばの始まりを説明しようとする大きな仮説にゃ。
サルは、多いと起きている時間の2割ほどを毛づくろいに使うにゃ。それで保てる群れは、50匹くらいまで。人の群れは150人ほどにふくらんで、ひとりずつ毛づくろいしていたら、とても手が回らないにゃ。
ことばなら、手を使わずに、一度に何人ともつながれるにゃ。しかも、その場にいない人の話をすれば、「だれが信用できて、だれがずるいか」を群れの中に回せる。うわさ話は、そのためにいちばん役に立つ話だった、と考えるにゃ。
ダンバーさんは、人が自由におしゃべりしているのを聞きとると、話している時間のおよそ3分の2が人づきあいの話だった、とも書いているにゃ。
別の研究でも、467人に小さな録音機をつけて毎日の会話を拾うと、その場にいない人の話の多くは、ほめるのでもけなすのでもない、ふつうの話だったにゃ。「あの人、来月引っ越すんだって」のような話にゃ。
この考えに立つと、うわさ話で心が動くのは、それが群れの中で生きていくための大事な知らせだから、と読めるにゃ。ただ、毛づくろいのようにストレスをしずめる働きまであるかは、さっきの実験では確かめきれなかったにゃ。
うわさ話とホルモンの研究には、もっと前のものもあるにゃ。2017年に、イタリアの大学で、女子学生22人に協力してもらった実験にゃ。
ふたつの組に分けて、片方はうわさ話の会話、もう片方は、うわさではないけれど気持ちのこもった会話をしてもらった。全員、別の日にふつうの会話もしたにゃ。そして唾液で、オキシトシンとストレスのホルモンを測ったにゃ。
オキシトシンは、
うわさ話の組のほうが
大きく上がった。
ストレスのホルモンは、
どの会話でも同じように下がった
オキシトシンは、人と近づくときに関わると考えられていて、「絆のホルモン」と呼ばれることもあるにゃ。
ただ、22人をふたつに分けた、とても小さな実験にゃ。そのうえ、唾液でオキシトシンを測るやり方には、唾液の中の量をきちんと測れていないのでは、という指摘が前から出ているにゃ。2023年の友だち33組の実験は、オキシトシンを測っていない。「うわさ話でオキシトシンが上がる」は、まだひとつの小さな実験の結果にゃ。
それでも、ふたつの実験には重なるところがあるにゃ。どちらも、ストレスのホルモンは、うわさ話でもほかの話でも同じように下がっていた。そして、うわさ話だけが、体のどこかをほかの話より大きく動かしていたにゃ。
実験のうわさ話は、仲のいい友だちと、ふたりきりの部屋で15分。研究者たちは、その会話を録音しなかったにゃ。録られているとわかると、人はうわさ話の中身を変えてしまうから、と書いているにゃ。
うわさ話は、消えていくことに支えられている話なのかもしれないにゃ。いまの私たちのうわさ話は、そこが少し変わったにゃ。
口で話したうわさは、その場で消えるにゃ。トーク画面に打ったうわさは、残る。スクショ一枚で、話したこともない人の画面にまで届くにゃ。
打ちかけた「ねえ聞いた?」を消して、「今度会ったとき話す」に打ち直す。あの手の止まり方は、研究者が録音をやめた理由と、同じところから来ているのかもしれないにゃ。
ダンバーさんが考えたうわさ話は、同じ群れの、明日も顔を合わせる人の話だったにゃ。いまは、芸能人や、ネットで話題になった知らない人の話で盛り上がることも多い。しかもその話は、コメント欄のように、本人も読める場所でされることがあるにゃ。
うわさ話で近づくのは、話しているふたりのほうだったにゃ。大勢が書きこむコメント欄には、その「ふたり」がいない。盛り上がりだけが残って、だれとも近づかないまま終わる。そんな夜も、あるのかもしれないにゃ。
だれかのうわさ話で盛り上がったあと、あなたに残りやすいのはどれ?

だれかの話で盛り上がった帰り道、
「私たち、性格悪いかな」と
ちょっと思う。
そんな夜も、あるかもしれないにゃ。
実験のうわさ話の組に
渡されていたのは、
ふたつの問いかけだったにゃ。
「こういうこと、身近であった?」
「その人のこと、どう思う?」
15分間、その場にいない人を材料にして、
おたがいの「それはない」「それはわかる」を
出し合っていたことになるにゃ。
体が起きていて、相手のほうを向いていた。
そのわけは、ホルモンひとつより、
この出し合いのほうにあるのかもしれない。
会話は録音されていないから、
15分のあいだに何が話されたかは、
論文にも残っていないにゃ。
そこは、ふたつの問いかけの向こうに、
ねこたちが耳をすませてみた所にゃ。
うわさ話の主役は、
その場にいない人じゃなくて、
話しているふたりのものさしのほうにゃ。
あの人の話をしながら、
ふたりはおたがいを
たしかめ合っていた。
帰り道に思い出すのは、
あの人のことより、
友だちが「それはないよね」と
言ったときの顔だったりするにゃ。
うわさの中身は、
そのうち忘れてしまう。
あの顔のほうは、
けっこう長く残るにゃ。
猫の国は、優しい人のための場所にゃ。
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