ランチのメニューが決められない。
「先に決めていいよ」と言いながら、相手が頼むものを聞いてから決める。そういう人生を、四十年やってきた。
進路も、就職も、髪型も、誰かに聞いてから決めた。母に、先生に、友人に、美容師さんに。「どう思う?」が口癖だった。
自分で決められない人間は、だめな人間。
そう思っていたから、ずっと隠すように生きてきた。「決められる人」の真似をして、あとで一人で不安になっていた。
変わったきっかけは、大きな話じゃない。
職場に、私より決められない人が入ってきたのだ。その人は、備品のペンの色まで人に聞く。正直、最初は苛々した。
でもある日、その人が言った。
「聞いた方が、いいものになる気がして」
悪びれもせず、そう言った。
帰り道、ずっとその言葉を考えていた。
私は「決められないから」聞いていた。その人は「良くしたいから」聞いていた。やってることは同じなのに、抱えてる荷物の重さがぜんぶ違った。
思い返せば、私の人生の大事なところには、いつも誰かの声が入っている。進路も、就職も、聞いた相手の顔ごと覚えている。
全部ひとりで決めた人生より、それは貧しいんだろうか。
最近は、こう思うことにしている。
聞くのも、決め方のひとつ。
聞いて、最後に「そうします」と言ったのは、いつも私だった。それなら、決めてきたのも私だ。
今日のランチも、たぶん聞く。
「どっちがおいしそう?」から始まる昼休みは、割と、嫌いじゃない。
---
*© 2026 匿名の優柔不断*