全員に好かれようとしていた。
職場の人にも、友達にも、親にも、初対面の人にも。
常に笑顔で、頼まれたら断らず、空気を読んで、波風を立てない。
「優しいね」ってよく言われた。
「〇〇さんがいると安心する」って。
嬉しかった。嬉しかったはずだった。
でも夜、家に帰ると、どっと疲れが出る。
鏡の前で笑顔を作ってみる。昼間と同じ顔。
でも目が笑ってなかった。
いつからだろう。自分が何を好きなのか、わからなくなったのは。
ランチの店を聞かれて「どこでもいいよ」。
映画を聞かれて「何でもいいよ」。
旅行先を聞かれて「みんなに合わせるよ」。
全部、本心じゃなかった。
本当はあの店がいい。あの映画が見たい。あそこに行きたい。
でも言えなかった。嫌われるのが怖くて。
限界が来たのは、30歳の誕生日だった。
会社の飲み会の幹事を押しつけられた。自分の誕生日なのに。
断れなかった。笑顔で「いいですよ」って言った。
帰り道、涙が止まらなかった。
誰のために生きてるんだろう。
次の日、カウンセリングの予約を取った。
カウンセラーに言われた言葉が、今でも残っている。
「全員に好かれることは、誰にも好かれないことと同じですよ」
意味がわからなかった。でも、噛めば噛むほど味がした。
全員に合わせるということは、自分がないということ。
自分がないということは、好かれる「自分」がいないということ。
みんなが好きだったのは、本当の私じゃなくて、便利な私だった。
それから少しずつ、練習した。
「ごめん、今日は疲れてるから」と飲み会を断った。
「私はこっちがいい」とランチの店を提案した。
「ちょっとそれは無理です」と仕事を断った。
最初は声が震えた。嫌われるんじゃないかと思った。
結果、離れていった人もいた。
「最近付き合い悪いね」って言われた。
でも、残った人がいた。
「前より話しやすくなった」って言ってくれた人がいた。
全員に好かれなくなった代わりに、本当に大切な人との関係が深くなった。
今でも怖い。誰かに嫌われるのは、やっぱり怖い。
でも、全員に好かれるために自分を殺すより、何人かに嫌われても自分でいる方が、ずっと息がしやすい。
嫌われてもいい。
全員の正解にならなくていい。
私は私のままで、好きだと言ってくれる人を、大事にすればいい。
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*© 2026 匿名の元・八方美人*