
…父親から受けとったものは、そのまま写るとは限らないにゃ。
こんな会話、ないにゃ?
なぜか、ここで親父が出てくる。
そして、なぜかそれが基準になる。
父親のやり方は、
息子にそのまま引きつがれるのかにゃ。
それを、父親たち自身に聞いた
研究があるにゃ。
コミュニケーションの研究者のフロイドさんとモーマンさん(2000年)は、アメリカで、息子がいる父親506人に答えてもらったにゃ。
聞いたのは2つ。子どものころ、自分の父親からどのくらい愛情を伝えてもらったか。そしていま、自分の息子にどのくらい愛情を伝えているか。
確かめたかったのは、ふたつの見方にゃ。親のやり方をそのまま写す「まねる」と、親に足りなかったものを自分の子どもには補おうとする「埋め合わせる」。どちらが本当なのかにゃ。
息子に愛情を伝えることが、いちばん少なかったのは、どんな父親に育てられた人たちだと思う?
「まねる」か「埋め合わせる」か。答えは、その両方だったにゃ。
父親がしてくれたことを、そのまま息子にもしていたにゃ。「まねる」の形にゃ。
してもらえなかったことを、自分の息子にはしようとしていたにゃ。「埋め合わせる」の形にゃ。
まねるほどのお手本もなく、変えようと決めるほどの足りなさもない。そのあいだにいた人たちにゃ。
「親父はそんなことしなかった。でも普通に育った」。
この言い方は、ちょうどまんなかの人の言葉にも聞こえるにゃ。ひどかったわけじゃない。だから、変えようとも思わない。そのまま、なんとなく同じ形になっていく。そんな人もいるのかもしれないにゃ。
ひとつの説明は、「その父親に、どのくらい自分を重ねているか」にゃ。
あんなふうになりたいと思える父親なら、まねる。ああはなりたくないと、はっきり思えたら、ちがうやり方を探す。そのときは、ほかの大人や、「こうしてほしかった」と思った姿が、かわりのお手本になる、と考えられているにゃ。
どちらとも決めないまま大人になると、迷ったときに出てくるのは、いちばん長く見てきた形。
「俺の親父は〜」は、言い訳というより、ほかに思い浮かぶ形がない、ということなのかもしれないにゃ。
2025年に、アメリカの父親277人を調べた研究があるにゃ。子どものころ、父親から温かいものを受けとった人ほど、いま子どもによく関わっていた。「まねる」は、はっきり見えたにゃ。
いっぽうで、「埋め合わせる」形は、あまり見えなかったにゃ。
してもらえなかったことを、自分でやる。それは、地図なしで知らない道を歩くようなものにゃ。決めたらすぐできる、というものでもなさそうにゃ。
ただ、父親と息子139組に聞いた別の研究では、男性たちは自分の父親よりも、息子のほうに近さを感じて、愛情もたくさん伝えていたにゃ。世代がひとつ進むあいだに、父親の形は少しずつ動いてきたようにゃ。
研究は、2000年のアメリカのものだったにゃ。
いま30代の夫が子どもだったころの日本は、どうだったかにゃ。厚生労働省が、育児休業をとった人の割合を調べ続けているにゃ。
厚生労働省「雇用均等基本調査」。何日とったかは問わない数字で、いまは出産直後の「産後パパ育休」もふくむにゃ。
1996年度に育休をとった男性は、800人に1人ほど。彼のお父さんが「しなかった」のは、まわりのだれもしていなかった時代のことでもあるにゃ。お父さんを責める話でも、彼を責める話でもないにゃ。
いまは、2人に1人がとる時代にゃ。となりの席の同僚が、産後パパ育休から戻ってきたばかり、ということもあるにゃ。研究でいう「かわりのお手本」は、家の外で見つかることもあるにゃ。
「埋め合わせる」は、自分がしてほしかった父親になろうとすること、とも言われるにゃ。「子どものころ、お父さんにしてほしかったことってある?」と聞いてみると、彼なりのお手本が見つかるかもしれないにゃ。
育休をとったかどうかだけで、家での関わりが決まるわけじゃないにゃ。ただ、彼が「親父の時代」と「いまのまわり」のあいだに立っていることは、この数字からも見えてくるにゃ。
「俺の親父は〜」と言われたとき、いまのあなたに近いのは?

「それでも、普通に育ったし」。
Uの字の上に置いてみると、
この「普通」は、まんなかの場所にゃ。
まねたくなるほどのお手本もなく、
変えようと決めるほどの
足りなさもなかった場所。
506人の中で、息子に愛情を
いちばん伝えていなかったのは、
そこにいた人たちだったにゃ。
ひどくなかったことが、
そのまま、変えない理由にもなる。
「普通」は、ほめ言葉のようでいて、
足を止める言葉でもあるのかもしれないにゃ。
506人の数字は、アメリカの父親たちが
自分の子ども時代を
ふり返って答えたものにゃ。
彼の「親父」がUの字のどこにいたかは、
彼の中にしかないにゃ。
それでも、「俺の親父は」が
くり返し出てくるあいだは、
ほかに思い浮かぶ形が
まだ見つかっていない。
そこまでは、聞きとれる気がするにゃ。
かわりのお手本は、ほかの大人や、
彼自身の「こうしてほしかった」の中にあるにゃ。
たずねてみることはできても、
その形を描くのは、彼の手のほうにゃ。
父親と息子139組を調べた
2002年の論文には、
こんな題がついていたにゃ。
「父親という文化は、
変わりつつある」
男性たちは、自分の父親とより、
息子とのほうが近かった。
「親父」の形は、一代ごとに少しずつ
息子の側へ寄ってきていたにゃ。
彼のお父さんは、
育休が800人に1人だった時代の人。
彼は、2人に1人の時代の人にゃ。
いつか子どもが
「うちの親父は」と言うとき、
そのあとに続く一文は、
いまの彼の夕方から
書かれていくにゃ。
猫の国は、優しい人のための場所にゃ。
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