🔬 猫の国 研究所
「夫は家事をしてる」と
「妻が家事を回してる」は、
別の労働だった
…「やってる」と「気づいてる」は、
まったく違う仕事にゃ。
こんな会話、ないにゃ?
やってないわけじゃない。
言えば、動いてくれる。
それでも疲れる。
どこかで割に合わない気がする。
この「割に合わない感じ」、
実は名前がついてるにゃ。
ハーバード大学のDaminger博士が、共働き夫婦35組にインタビューして、家事の中身を分解したにゃ。
Daminger博士は、家事には目に見えない4つの段階があると突き止めたにゃ。
① 予測する(anticipate)
「もうすぐ牛乳が切れる」
② 特定する(identify)
「何を買うか、どこで買うか」
③ 決定する(decide)
「今日のうちに行くか、明日にするか」
④ 監視する(monitor)
「ちゃんと買えたか、足りるか」
夫が「やってる」のは、たいてい
実行(execute)の部分にゃ。
でも妻は、その前の
①〜④を頭の中でぐるぐる回してるにゃ。
これが「認知労働(cognitive labor)」にゃ。
「ゴミ出しやってるよ」
それは実行労働。
「ゴミの日を覚えて、
前日に集めて、
袋がなくなる前に補充する」
それは認知労働。
見えてる仕事は、
氷山の一角かもしれないにゃ。
Daminger博士の分析では、認知労働の4ステップはほぼ全ての家庭で妻に偏っていたにゃ。
実行(execute):
夫婦でわりと分担できていた
予測(anticipate):
ほぼ全て妻
特定(identify):
ほぼ全て妻
決定(decide):
夫婦で相談(ただし選択肢は妻が用意)
監視(monitor):
ほぼ全て妻
「やってる」と「回してる」は、
まったく違う重さの労働だったにゃ。
実行は終わりがあるけど、
認知労働は終わらないにゃ。
寝る前も、休日も、頭の中で動き続けるにゃ。
Daminger博士のフォローアップ研究で、もうひとつ重要なことが見えてきたにゃ。
夫に「家事の何割を担当してる?」と聞くと
→「半分くらいやってる」と答える
妻に同じ質問をすると
→「8割は私」と答える
このズレは、
嘘でも被害妄想でもないにゃ。
夫は「実行labor」だけを数え、
妻は「認知labor+実行labor」を数えている。
*同じ家庭の労働量を、
別の単位で測っている*にゃ。
だから「やってるって言ってるじゃん」
「全然やってないでしょ」が
どちらも本人の中で正しいまま、
話が噛み合わないにゃ。
ここまでのデータを並べて、
研究所が思ったことを書くにゃ。
「俺やってるよ」と言われるたび、
「いや、そうじゃない」と
喉まで出かかって、飲み込んだ夜。
でも、何が違うのか
自分でも説明できなかったにゃ。
だから「不満な妻」になって、
なんとなくこっちが悪い気もしてきて。
でもにゃ。
Daminger博士のデータが見せたのは、
あなたが本当にもう一段階多く労働している、
ということだったにゃ。
「言われればやる」は、
まさに実行労働しかしてないということにゃ。
認知labor(予測・特定・決定・監視)は、
あなたがやってきたにゃ。
それは見えないだけで、
存在しないんじゃないにゃ。
これはひとつの見方にゃ。
でも研究所のねこたちが思うのは——
彼を責める材料じゃないにゃ。
認知労働は、
やってる側にしか見えない構造だから、
彼が気づかないのは仕方ない側面もあるにゃ。
だから、必要なのは見える化かもしれないにゃ。
「ゴミ出してね」じゃなくて、
「ゴミ出しの全部(曜日把握・袋補充・前日に集める・出す)を引き受けてね」と
範囲込みで渡す。
面倒だし、最初は伝えるコストが高いにゃ。
でも、認知労働ごと渡せたとき、
はじめてあなたの頭が一個分軽くなるにゃ。
「察してやってくれない」を諦めて、
「セットで渡してしまう」に
切り替えるのも一つの手にゃ。
最後にひとつだけにゃ。
あなたの疲れは、
気のせいじゃない。
見えない労働が、
ちゃんとそこにあるにゃ。
「私だけ疲れてる気がする」
「言わなきゃ動かないのが、しんどい」
それは、わがままじゃないにゃ。
あなたがもう一層多く働いてる、
というデータがあるにゃ。
気づいてるあなたが、
おかしいんじゃないにゃ。
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