保健室
ふつう・3分

保健室:言いそびれたこと

匿名の言いそびれた人・3分・ふつう

高校の時、保健室の先生がいた。

教室にいられなくなると、保健室に行った。先生は何も聞かなかった。ベッドを指さして、「寝てていいよ」とだけ言った。

お茶を出してくれることもあった。

卒業式の日、先生にお礼を言おうと思った。「あの時、何も聞かないでくれて、ありがとうございました」って。

でも、卒業式はバタバタしていて、先生を見つけた時には友達に囲まれてて、タイミングを逃した。

「まあ、いつか言えるか」と思った。

先生はその年で異動になった。連絡先は知らない。

*

前の職場に、毎朝「おはよう」と声をかけてくれるおじさんがいた。

別の部署の人で、名前も知らなかった。でも毎朝、私の席の前を通る時に、「おはよう」と言ってくれた。

しんどい時期だった。誰とも話したくなかった。

でもあの「おはよう」だけは、嫌じゃなかった。

返事を返すのがやっとだった日もある。「……おはようございます」。小さい声で。

おじさんは気にしてなかったと思う。ただの挨拶だったと思う。

でも私にとっては、毎朝一回、「存在を認められる」瞬間だった。

転職して、もうあのおじさんには会えない。

「あなたの『おはよう』に救われてました」って、言えばよかった。言えるわけないけど。

*

母に、まだ言えていないことがある。

子どもの頃、毎日お弁当を作ってくれた。

冷凍食品ばっかりだった。卵焼きと、ウインナーと、冷凍のコロッケ。

正直、友達の弁当が羨ましかった。キャラ弁とか、彩りのいいやつ。

大人になって分かった。母は朝5時に起きて、パートに行く前にお弁当を詰めてくれてた。

冷凍食品ばっかりだったのは、時間がなかったから。手抜きじゃなくて、あれが精一杯だったから。

「お弁当、ありがとう」

たった一言。でも、改まって言うのは照れくさい。

今度帰ったら言おう、って毎回思う。

毎回、言えないまま帰ってくる。

― 匿名の言いそびれた人

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