高校の時、保健室の先生がいた。
教室にいられなくなると、保健室に行った。先生は何も聞かなかった。ベッドを指さして、「寝てていいよ」とだけ言った。
お茶を出してくれることもあった。
卒業式の日、先生にお礼を言おうと思った。「あの時、何も聞かないでくれて、ありがとうございました」って。
でも、卒業式はバタバタしていて、先生を見つけた時には友達に囲まれてて、タイミングを逃した。
「まあ、いつか言えるか」と思った。
先生はその年で異動になった。連絡先は知らない。
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前の職場に、毎朝「おはよう」と声をかけてくれるおじさんがいた。
別の部署の人で、名前も知らなかった。でも毎朝、私の席の前を通る時に、「おはよう」と言ってくれた。
しんどい時期だった。誰とも話したくなかった。
でもあの「おはよう」だけは、嫌じゃなかった。
返事を返すのがやっとだった日もある。「……おはようございます」。小さい声で。
おじさんは気にしてなかったと思う。ただの挨拶だったと思う。
でも私にとっては、毎朝一回、「存在を認められる」瞬間だった。
転職して、もうあのおじさんには会えない。
「あなたの『おはよう』に救われてました」って、言えばよかった。言えるわけないけど。
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母に、まだ言えていないことがある。
子どもの頃、毎日お弁当を作ってくれた。
冷凍食品ばっかりだった。卵焼きと、ウインナーと、冷凍のコロッケ。
正直、友達の弁当が羨ましかった。キャラ弁とか、彩りのいいやつ。
大人になって分かった。母は朝5時に起きて、パートに行く前にお弁当を詰めてくれてた。
冷凍食品ばっかりだったのは、時間がなかったから。手抜きじゃなくて、あれが精一杯だったから。
「お弁当、ありがとう」
たった一言。でも、改まって言うのは照れくさい。
今度帰ったら言おう、って毎回思う。
毎回、言えないまま帰ってくる。
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*© 2026 匿名の言いそびれた人*