
…ある実験では、「これは人の話」の見分けが少し早かったにゃ。
こんな日、ないにゃ?
ふだんなら流せる、小さなそっけなさ。
さみしい時期には、なぜか刺さる。
「気にしすぎな性格になったのかな」
と思うこともあるにゃ。
さみしさを感じている人の脳が、
人のつらい場面をどう受けとめているか。
1秒ずつの写真で調べた実験があるにゃ。
シカゴ大学の神経科学者カシオッポさんたち(2016年)は、大学に通う19人に協力してもらったにゃ。18歳から40代までの、平均24歳ほどの人たちにゃ。
まず質問紙で、ふだんのさみしさを測ったにゃ。「頼れる人がいない、と感じることはどのくらいある?」のような質問にゃ。点数が全体の平均より上の10人と、下の9人に分けたにゃ。
それから、網のような帽子をかぶって、128個のセンサーで脳波を測りながら、写真を1枚1秒ずつ見てもらったにゃ。見るたびに、「いや」か「いい」かを4段階で答えるにゃ。
人のつらい場面は、泣いている子や、仲間に入れてもらえない子。ヘビは、人の出てこないこわいもの。ほかに、人が料理をしたり人ごみを歩いたりする写真と、景色や本の写真にゃ。
研究者たちが見たのは、「人のつらい場面」と「ヘビ」で、脳の反応の形がいつ分かれはじめるかにゃ。どちらも、見ていていやな写真。でも片方は人の話で、片方は人の出てこない話にゃ。
さみしさの強い10人の脳で、ふたつの反応が分かれはじめたのは、もう一方の9人と比べてどうだったと思う?
さみしさの強い組の脳は、
人のつらい場面とヘビを、
写真が出てから約0.12秒で
別のものとして扱いはじめた。
もう一方の組では、約0.25秒から
0.1秒は、「あ、泣いてる子だ」と頭の中で言葉にするより、ずっと前にゃ。本人の気づかないところで、脳は「これは人のつらい話」と、ヘビとは別の引き出しに入れはじめていたにゃ。
研究者たちの推定では、そのとき、注意を向けることや「自分」のことに関わる場所が、早くから動いていたらしいにゃ。
では、写真を見て「いや」と答えた強さは、どうだったと思う?
ねこたちがおもしろいと思ったのは、ここにゃ。脳の中の見分けは早かったのに、感じ方の答えは、ほかの人と同じだったにゃ。
さみしい時期の人が、なんでも悪く受けとる人になっている、という形ではなかった。ちがいは、本人にも見えない、はじめの一瞬のほうにあったにゃ。
このチームの心理学者ジョン・カシオッポさんは、さみしさについて、大きな考え方を出しているにゃ。日本でも『孤独の科学』という題で訳された一般書にもなっているにゃ。研究でたしかめ切られた事実ではなく、研究をつなぐための見立てにゃ。
おなかがすくと、食べものを探す。のどがかわくと、水を探す。さみしさも同じで、「人とのつながりが足りない」と知らせる体の合図だ、という見立てにゃ。
大昔、群れの端にはぐれることは、それだけで危なかった。だから端にいると感じると、人はまわりの人の気配に早く気づくようになった、と考えるにゃ。実験の0.1秒は、この考えに合う結果として出されたものにゃ。
端にいると感じた人は、傷つかないように、身を守る方へかたむく。相手の小さなそっけなさに目がいき、こちらからも少し距離をとる。すると相手も離れて、さみしさが長引く。身を守るための見張りが、皮肉にも自分を遠ざけてしまう。2009年の総説で、このチームが示した説明にゃ。
ただ、この実験の人たちは、写真を「いや」と答える強さでは変わらなかったにゃ。輪のどこまでが本当に回っているのかは、まだ確かめている途中の説にゃ。
カシオッポさんたちの実験は、19人。さみしさの点数も、平均より上か下かで分けただけで、とても強い孤独を抱えた人は入っていなかったにゃ。人づきあいの不安や落ちこみの影響を、脳波の分析では分けられなかったことも、研究者たちは課題に挙げているにゃ。
2026年に、ポーランドの研究者たちが、18歳から35歳の150人で確かめているにゃ。国の中のさみしさの散らばりに合わせて人を集め、何を調べるかを先に公開してから、人のつらい写真とそうでない写真を見てもらい、脳波を測ったにゃ。
さみしさの強い人の脳に、
はじめの反応のはっきりしたちがいは
見つからなかった。
食いちがったのは、本人の答えのほう。
さみしさの強い人ほど、
人のつらい写真に
「あまり心が動かなかった」と答えていた
研究者たちは、さみしさは「反応しすぎ」よりも、自分の心の動きに気づきにくくなることと結びついているのかもしれない、と考えているにゃ。
別の研究でも、同じシカゴのチームが70人に言葉を使って調べたときは、やはり早い見分けが出ていたにゃ。一方、オランダの研究者たちが大学生の会話を録画した研究では、さみしい人ほど相手の顔をよく見ていたけれど、表情を読み取る力は、さみしさと関係なかったにゃ。0.1秒の話は、まだ決着していないにゃ。
実験に来たのは、山奥でひとり暮らす人ではなく、毎日大学に通う学生たちだったにゃ。さみしさは、まわりにいる人の数では決まらないにゃ。
そして写真は、1枚1秒。泣いている子もヘビも、すぐに消えたにゃ。
育休や療養から戻ると、席の並びも、雑談の話題も、すこし変わっている。人に囲まれているのに、輪の外側に立っている感じ。いまの暮らしに「群れの端」があるとしたら、ひとりの部屋より、こういう場所かもしれないにゃ。その時期に人のそっけなさが刺さるのは、性格が変わったからじゃなく、立っている場所のせいかもしれないにゃ。
駅の向かいのホームで、知り合いに手をふる。相手はこちらを見ないまま、電車に乗っていった。胸がちくっとするのは、一瞬にゃ。実験で早かったのも、その一瞬の見分けまで。「いや」の答えは、ほかの人と同じだった。ちくっとしたあとに「見えてなかったのかも」と考える場所は、ちゃんと残っているにゃ。
ひとりで焼肉、ひとりでカラオケ。ひとりの時間を楽しむお店も、めずらしくなくなったにゃ。ひとりでいることと、さみしいことは、別のものにゃ。ただ、ポーランドの研究では、さみしさの強い人ほど「あまり心が動かなかった」と答えていた。「平気」が本当の日も多いけれど、ちくっとする場面が続く週は、答えより先に、体のほうが何かを知らせているのかもしれないにゃ。
さみしい時期に、あなたがついしてしまうのはどれ?

ふたつの研究には、脳波のほかにもうひとつ、
答えの欄があったにゃ。
写真を見るたびに、本人が書きこむ欄にゃ。
19人の実験では、さみしさの強い人も、
写真を同じように「いや」と答えていた。
150人の研究では、さみしさの強い人ほど、
心の動きを小さめに答えていた。
どちらの欄にも、なんでも悪く受けとる人の姿は
出てこなかったにゃ。
「気にしすぎ」どころか、さみしさは、
本人の答えに出てきにくいものなのかもしれないにゃ。
脳の速さについては、
ふたつの研究がちがう答えを出していて、
研究所の中でも話が割れたところにゃ。
それでも、「刺さる」を性格の欠点でなく、
いまの居場所の知らせとして読むこと。
話が割れたねこたちも、
そこまでは、うなずき合ったにゃ。
そっけなさが
やけに刺さる週は、
さみしさの目盛りが
上がっている週かもしれない。
あの人が冷たくなったのか、
こちらが端に立っているのか。
0.1秒では、どちらかわからないにゃ。
本人が書く答えの欄は、
さみしさの強い人ほど、
小さめに出ていたにゃ。
ちくっとした日に、
手帳のすみへ小さな点をひとつ。
目盛りを読むなら、
「平気」の答えより、
その点の数のほうが
正直かもしれないにゃ。
猫の国は、優しい人のための場所にゃ。
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