「あ、それ私も頼もうと思ってた」
彼女がそう言った瞬間、なぜか心臓が跳ねた。
付き合って3ヶ月。初めて一緒に行ったイタリアンレストラン。
メニューを開いて、すぐに決まった。ボンゴレビアンコ。
「決まった?」
「うん。ボンゴレ」
彼女が笑った。
「嘘、私もボンゴレにしようとしてた」
それだけのこと。
でも、その瞬間、頭に浮かんだ。
「ああ、この人と結婚するんだろうな」
自分でも驚いた。まだ付き合って3ヶ月なのに。
なんでそう思ったのか、最初は分からなかった。
ただメニューが被っただけ。偶然かもしれない。
でも、違った。
思い返すと、他にもあった。
映画を選ぶ時、同じのを指差した。カフェで、同じタイミングで「ここ静かでいいね」と言った。スーパーで、同じお菓子をカゴに入れようとした。
好みが似てる。
それが、こんなに心強いとは思わなかった。
前に付き合ってた人とは、何を食べるかで揉めた。
「ラーメン食べたい」「えー、私パスタがいい」
毎回、どちらかが譲る。小さなことだけど、積み重なると疲れた。
「なんで合わせてくれないの?」
そんな喧嘩もした。
でも、彼女とは違った。
「何食べたい?」「うーん、中華かな」「あ、俺も」
こんな会話ばかり。
最初は気づかなかった。でも、あのレストランで気づいた。
この人とは、無理しなくていい。
合わせなくても、合ってる。
その夜、彼女を家まで送った。
「今日、楽しかった」
「うん、俺も」
彼女が笑った。その笑顔を見て、また思った。
この人だ。
プロポーズしたのは、それから1年後。
レストランで、同じメニューを頼んだ。あの日と同じ、ボンゴレビアンコ。
「覚えてる?初めてここ来た時」
「うん。同じの頼もうとしたんだよね」
「あの時さ、思ったんだ。この人と結婚するんだろうなって」
彼女が驚いた顔をした。
「え、あの時?」
「うん」
「私も、実は思ってた」
今度は、僕が驚いた。
「嘘」
「本当。同じの頼もうとしてるの見て、この人だって思った」
二人で笑った。
結婚して、5年が経った。
今でも、外食する時は好みが合う。たまに被らないこともあるけど、それはそれで楽しい。
「今日は別々にして、シェアしよう」
そう言って、お互いのを分け合う。
劇的な出会いじゃなかった。ドラマみたいなプロポーズでもなかった。
でも、同じメニューに手が伸びた、あの瞬間。
あれが、僕たちの始まりだった。
小さなことで分かることがある。
この人と一緒にいたい。この人とご飯を食べたい。この人と生きていきたい。
そういう気持ちは、案外、普通の日常の中で見つかるものなのかもしれない。
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*© 2025 匿名の夫*