小さな式
ふつう・4分

小さな式:「最後の女になる」と言われた夜

匿名の再出発した男・4分・ふつう

「私が、あなたの最後の女になる」

彼女がそう言った時、酔いが一気に醒めた。

40歳。バツイチ。

正直、もう恋愛とか結婚とか、諦めていた。

一度目の結婚は、7年で終わった。理由は、いろいろあった。仕事が忙しかった。すれ違いが増えた。気づいた時には、家に帰っても会話がなかった。

離婚届を出した日、思ったのは「解放された」だった。

悲しいとか、寂しいとか、そういう感情より先に、安堵があった。

それから3年、一人で生きてきた。

仕事して、帰って、寝る。休みの日は、一人で映画を見たり、飲みに行ったり。

悪くなかった。気楽だった。

「もう誰かと暮らすのは、無理だな」

そう思っていた。

彼女と出会ったのは、取引先の飲み会だった。

5歳下。明るくて、よく笑う人だった。

最初は、ただの知り合い。仕事の話をして、たまに連絡を取るくらい。

でも、気づいたら二人で会うようになっていた。

「一緒にいて、楽しい」

久しぶりに、そう思った。

彼女には、最初から正直に話していた。

「俺、バツイチなんだ」

「知ってる。聞いた」

「そっか。まあ、そういうわけで、いろいろ面倒な男だよ」

「別に、気にしない」

そう言ってくれた。でも、心のどこかで信じられなかった。

「いつか、離れていくだろう」

そう思っていた。

前の結婚で学んだ。人の気持ちは変わる。「ずっと一緒にいよう」と言っても、いつか終わる。

だから、期待しないようにしていた。

付き合って半年。

二人で飲んでいた夜、彼女が言った。

「ねえ、私たち、このままでいいの?」

「このままって?」

「付き合ってるけど、その先は?」

俺は、黙った。

「俺は、一回失敗してるから。また誰かを不幸にするかもしれない」

本音だった。

彼女は、じっと俺を見た。

「私が、あなたの最後の女になる」

その言葉が、刺さった。

「最後」という言葉。

それは、覚悟だった。

逃げ道を作らない、覚悟。

俺が何を言っても、彼女は逃げないという宣言。

「本気で言ってる?」

「本気」

彼女の目を見た。揺らいでいなかった。

ああ、この人は、信じられる。

理屈じゃなかった。

ただ、分かった。この言葉に、嘘はない。

「俺でいいの?」

「あなたがいい」

その夜、泣いた。

40歳にもなって、情けないと思った。でも、止まらなかった。

「もう一回、信じてみよう」

そう思えた。

結婚したのは、その1年後。

小さな式だった。お互いの家族と、少しの友人だけ。

「最後の女」

彼女は、本当にそうなった。

今でも、一緒にいて楽しい。

笑い合って、たまに喧嘩して、また笑い合う。

さっき、彼女が風呂から出てきて、「先に寝るね」と言った。

「おう」とだけ返した。

そういう、なんでもないやりとりを、たぶん俺は、一生分もらいそこねるところだった。

― 匿名の再出発した男

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