髪を切るのは、1年ぶりだった。
正確には、1年3ヶ月。
別に、伸ばしてたわけじゃない。ただ、行く気力がなかった。
美容院って、ハードルが高い。
予約の電話をする。知らない人と話す。鏡を見続ける。「今日はどうしますか?」に答える。
全部、しんどかった。
だから、伸びっぱなし。
ボサボサの髪を一つに結んで、誤魔化してた。
「髪、伸びたね」
職場で言われた。うん、知ってる。
「切らないの?」
切りたいよ。でも、行けないんだよ。
そう言えなくて、「そのうち」と笑って流した。
ある日、電車の窓に自分が映った。
疲れた顔。伸びっぱなしの髪。くすんだ肌。
「誰だろう、この人」
本気でそう思った。
私、こんな顔だったっけ。
昔の写真を見た。3年前の私。ちゃんと髪を整えて、笑ってる。
別人みたいだった。
戻りたいとは思わなかった。でも、このままも嫌だった。
その夜、スマホを開いた。
美容院の予約サイト。
1年3ヶ月ぶりに、見た。
「ネット予約」のボタンが光ってる。
電話しなくていいんだ。
それだけで、ハードルが少し下がった。
日にちを選ぶ。時間を選ぶ。メニューを選ぶ。
「カット」
それだけでいい。カラーとかパーマとか、そんな元気はない。とにかく、切るだけ。
「予約を確定する」
ボタンを押した。
心臓がドキドキした。たかが美容院の予約で。
でも、私にとっては大きな一歩だった。
予約日まで、何度もキャンセルしようと思った。
「やっぱり行きたくない」
「このままでもいいじゃん」
「誰も私の髪なんか見てない」
言い訳は、いくらでも出てくる。
でも、行った。
美容院の椅子に座った。鏡の中の自分は、やっぱり疲れてた。
「今日はどうしますか?」
「バッサリ切ってください」
自分でも驚いた。そんなこと言うつもりなかったのに。
「肩くらいでいいですか?」
「はい」
切られていく髪を見た。
1年3ヶ月分の、しんどかった時間が、床に落ちていく。
そんな気がした。
終わった後、鏡を見た。
久しぶりに、自分の顔がちゃんと見えた。
「あ、私だ」
そう思った。
綺麗とか可愛いとか、そういうことじゃない。
ただ、私がいた。ずっと放置してた私が、ちゃんといた。
帰り道、風が気持ちよかった。
短くなった髪が揺れる。首元が軽い。
たかが髪を切っただけ。
でも、少しだけ、未来が明るく見えた。
来月も、予約しようかな。
そう思えたことが、一番の変化かもしれない。
自分を大事にするって、こういう小さなことなのかもしれない。
美容院に行く。髪を切る。それだけで、自分を少し好きになれる。
もしあなたも、自分のことを後回しにしてるなら。
美容院、予約してみてもいいかもしれない。
ネットでポチるだけでいいから。
それだけで、何かが変わるかもしれないから。
---
*© 2025 匿名の伸びっぱなしの人*