図書館の隅っこが、私の逃げ場所だった。
家にいると、息が詰まる。学校にいると、心が痛む。職場にいると、胸が苦しい。どこにいても、私は居場所がないように感じていた。
でも、図書館は違った。
初めて図書館に行ったのは、中学生のときだった。学校をサボって、行く当てもなく歩いていた。そして、たまたま見つけた図書館。入ってみた。
静かだった。
人はいる。でも、みんな黙って本を読んでいる。誰も私を見ない。誰も私に話しかけない。ただ、そこにいることが許されている。
私は奥の方に進んだ。一番隅っこの席に座った。窓の外に小さな庭が見える席。そこが、私の場所になった。
何も読まなかった。最初は。ただ、座っているだけ。それだけで、心が落ち着いた。
数週間が過ぎて、私は本を手に取るようになった。何でもよかった。タイトルも見ずに、適当に選んだ本。それを開いて、文字を追う。
内容は頭に入ってこなかった。でも、それでよかった。ページをめくる音、紙の匂い、文字の並び。それだけで、私は現実から少し離れることができた。
図書館では、何者でもなくていい。
学生でも、社会人でも、誰かの子どもでも、誰かの親でも、何でもない。ただの「本を読む人」。それだけでいい。
司書の人も、何も聞かない。ただ、「こんにちは」「ありがとうございます」と言うだけ。それが、ありがたかった。
辛いことがあると、私は図書館に行った。
仕事で失敗した日。人間関係に疲れた日。何もかも嫌になった日。図書館の隅っこに座って、本を開く。時には涙が出た。でも、誰も気づかない。そこでは、泣いてもいい。
ある日、隣の席に老人が座った。その人も、静かに本を読んでいた。私たちは何も話さなかった。でも、なぜか安心した。ここには、私と同じように、ここを必要としている人がいる。そう思った。
今も、私は図書館に通っている。週に一度は必ず。もう何年も通っている。
隅っこの席は、今も私の場所だ。窓の外の庭は、季節ごとに表情を変える。春には桜が咲き、夏には緑が濃くなり、秋には紅葉し、冬には雪が積もる。
その景色を見ながら、本を読む。今は、内容も頭に入るようになった。小説も、エッセイも、詩も。いろんな本を読む。
でも、一番大切なのは、本そのものじゃない。ここにいられること。ここで、何も求められないこと。ただ、存在していいということ。
逃げ場所があるから、私は生きていける。図書館の隅っこがあるから、日常に戻れる。
もし、どこにも居場所がないと感じている人がいたら。図書館に行ってみてほしい。隅っこの席に座って、本を開いてみてほしい。
そこには、何も求めない静けさがある。ただ、そこにいていいという優しさがある。
あなたの隅っこが、きっと見つかる。
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