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母の涙と、私の涙

📅 2026-03-23⏱️ 4分✍️ 匿名の娘
母親家族理解すれ違い大人になる
私が泣いていた夜のことを、母は覚えているだろうか。 中学2年の冬。友達に仲間はずれにされて、学校に行きたくなくて、布団の中で泣いていた。 母が部屋に来た。 「明日は学校行きなさい」 冷たいと思った。分かってくれないと思った。もっと優しくしてほしかった。「休んでいいよ」って、言ってほしかった。 あの夜、私は母のことが嫌いだった。 26歳になった今、ふと思う。 あの時、母は何を考えていたんだろう。 母は、シングルマザーだった。 私が小学3年の時に父が出ていった。母はパートを掛け持ちして、朝から晩まで働いていた。 私は知らなかった。母が夜中に台所で泣いていたこと。 それを知ったのは、大人になってから。叔母に聞いた。 「お母さん、あの頃よく電話してきたよ。泣きながら。でもあなたの前では絶対泣かなかったって」 母の涙と、私の涙は、同じ屋根の下にあったのに、すれ違っていた。 あの夜、母が「学校行きなさい」と言ったのは、冷たさじゃなかったのかもしれない。 自分が休めなかったから。休むという選択肢を、母自身が持っていなかったから。 パートを休んだら収入が減る。収入が減ったら家賃が払えない。母にとって「休む」は、贅沢だった。 だから私にも、休むことを許せなかったのかもしれない。 それが正しかったかどうかは、分からない。 でも、あの言葉が「冷たさ」だけじゃなかったことは、今なら少し分かる。 母もまた、泣いていた側の人間だった。 先月、久しぶりに実家に帰った。 母がお茶を出してくれた。少し白髪が増えていた。 「最近どう?」と聞かれて、「まあぼちぼち」と答えた。 本当はしんどかった。仕事がうまくいってなくて、眠れない夜が続いていた。 でも、言えなかった。母に心配かけたくなかった。 ああ、これ、母と同じだ。 つらくても言わない。泣いてるところを見せない。 受け継ぎたくなかったものほど、いつの間にか受け継いでいる。 それが、少し可笑しくて、少し悲しい。 --- *© 2026 匿名の娘*