私が泣いていた夜のことを、母は覚えているだろうか。
中学2年の冬。友達に仲間はずれにされて、学校に行きたくなくて、布団の中で泣いていた。
母が部屋に来た。
「明日は学校行きなさい」
冷たいと思った。分かってくれないと思った。もっと優しくしてほしかった。「休んでいいよ」って、言ってほしかった。
あの夜、私は母のことが嫌いだった。
26歳になった今、ふと思う。
あの時、母は何を考えていたんだろう。
母は、シングルマザーだった。
私が小学3年の時に父が出ていった。母はパートを掛け持ちして、朝から晩まで働いていた。
私は知らなかった。母が夜中に台所で泣いていたこと。
それを知ったのは、大人になってから。叔母に聞いた。
「お母さん、あの頃よく電話してきたよ。泣きながら。でもあなたの前では絶対泣かなかったって」
母の涙と、私の涙は、同じ屋根の下にあったのに、すれ違っていた。
あの夜、母が「学校行きなさい」と言ったのは、冷たさじゃなかったのかもしれない。
自分が休めなかったから。休むという選択肢を、母自身が持っていなかったから。
パートを休んだら収入が減る。収入が減ったら家賃が払えない。母にとって「休む」は、贅沢だった。
だから私にも、休むことを許せなかったのかもしれない。
それが正しかったかどうかは、分からない。
でも、あの言葉が「冷たさ」だけじゃなかったことは、今なら少し分かる。
母もまた、泣いていた側の人間だった。
先月、久しぶりに実家に帰った。
母がお茶を出してくれた。少し白髪が増えていた。
「最近どう?」と聞かれて、「まあぼちぼち」と答えた。
本当はしんどかった。仕事がうまくいってなくて、眠れない夜が続いていた。
でも、言えなかった。母に心配かけたくなかった。
ああ、これ、母と同じだ。
つらくても言わない。泣いてるところを見せない。
受け継ぎたくなかったものほど、いつの間にか受け継いでいる。
それが、少し可笑しくて、少し悲しい。
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