夜中の台所
ふつう・4分

夜中の台所:母の涙と、私の涙

匿名の娘・4分・ふつう

私が泣いていた夜のことを、母は覚えているだろうか。

中学2年の冬。友達に仲間はずれにされて、学校に行きたくなくて、布団の中で泣いていた。

母が部屋に来た。

「明日は学校行きなさい」

冷たいと思った。分かってくれないと思った。もっと優しくしてほしかった。「休んでいいよ」って、言ってほしかった。

あの夜、私は母のことが嫌いだった。

26歳になった今、ふと思う。

あの時、母は何を考えていたんだろう。

母は、シングルマザーだった。

私が小学3年の時に父が出ていった。母はパートを掛け持ちして、朝から晩まで働いていた。

私は知らなかった。母が夜中に台所で泣いていたこと。

それを知ったのは、大人になってから。叔母に聞いた。

「お母さん、あの頃よく電話してきたよ。泣きながら。でもあなたの前では絶対泣かなかったって」

母の涙と、私の涙は、同じ屋根の下にあったのに、すれ違っていた。

あの夜、母が「学校行きなさい」と言ったのは、冷たさじゃなかったのかもしれない。

自分が休めなかったから。休むという選択肢を、母自身が持っていなかったから。

パートを休んだら収入が減る。収入が減ったら家賃が払えない。母にとって「休む」は、贅沢だった。

だから私にも、休むことを許せなかったのかもしれない。

それが正しかったかどうかは、分からない。

でも、あの言葉が「冷たさ」だけじゃなかったことは、今なら少し分かる。

母もまた、泣いていた側の人間だった。

先月、久しぶりに実家に帰った。

母がお茶を出してくれた。少し白髪が増えていた。

「最近どう?」と聞かれて、「まあぼちぼち」と答えた。

本当はしんどかった。仕事がうまくいってなくて、眠れない夜が続いていた。

でも、言えなかった。母に心配かけたくなかった。

ああ、これ、母と同じだ。

つらくても言わない。泣いてるところを見せない。

受け継ぎたくなかったものほど、いつの間にか受け継いでいる。

それが、少し可笑しくて、少し悲しい。

― 匿名の娘

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