パスポートが切れてから、十年経っていた。
気づいたのは、引き出しの整理をしていた時。えんじ色の手帳の中の私は、まだ二十代で、ちょっと不安そうな顔で写っていた。最後に押されたスタンプは、新婚旅行のやつだった。
それから、どこにも行っていない。
行けなかった、が正しいのかもしれない。子どもが生まれて、仕事が変わって、親のことがあって。海外どころか、県から出るのも一大イベントだった。
先週、申請に行ってきた。
行き先は、決まってない。
窓口の人に「ご旅行ですか」と聞かれて、「いえ、まだ何も」と答えたら、少し変な間があった。予定がないのにパスポートを作る人は、珍しいのかもしれない。
でも、順番が逆でもいいと思ったのだ。
行き先が決まってから作るんじゃなくて、いつでも行ける状態にしておく。予定は、そのあとでいい。
証明写真は、十年分老けていた。当たり前だけど。
でも、今回の私は、前より不安そうじゃなかった。無表情の規定のなかで、ほんの少しだけ、楽しみが漏れてる顔をしていた。
十年後、このパスポートが白いままの可能性も、ある。
それはそれで、いい。
引き出しに「いつでも行ける」が一冊入ってる生活と、入ってない生活は、たぶん少し違う。
受け取りは、再来週。
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