十月二日、金曜日。
七時五十分に家を出た。角を曲がったところで匂いがした。三軒先の家の垣根だった。
立ち止まって見ると、葉の裏に小さいオレンジ色の花がかたまってついていた。毎朝通っている道なのに、そこに木があることを知らなかった。
駅までの八分のあいだに、匂いは二回途切れて、三回戻ってきた。
会社に着いて、手帳の今日の欄に「金木犀」と書いた。会議と会議のあいだの、細いすき間に。
夜、引き出しから去年の手帳を出した。
去年の十月は、ほとんど白い。
一日の欄に、鉛筆で「金木犀」とだけあった。ほかに書いてあるのは、十五日の「病院 十時半」と、二十八日の「病院 十時半」。
去年の手帳は、引き出しに戻した。
*
十月九日、金曜日。雨。
朝、垣根の下がオレンジ色になっていた。落ちた花が水たまりの縁に寄って、一本の線になっていた。
傘を少し傾けて、その線をまたいだ。
昼休み、隣の席の人が「金木犀、もう終わっちゃったね」と言った。私は「雨でしたね」と答えた。
話はそれで終わって、隣の人はお弁当のふたを開けた。卵焼きが二切れ入っていた。
帰りに垣根の前を通った。匂いはしなかった。ただの緑の木に戻っていた。
*
十月十四日、水曜日。
七時五十分。角を曲がったところで、また匂いがした。
垣根を見ると、葉の裏にオレンジ色の粒がついていた。一週間前より少ない。数えられそうなくらいだった。
電車の中で調べた。暑い日と涼しい日が行ったり来たりした年は、もう一度咲くことがあるらしい。「二度咲き」という言葉があった。
会社で手帳を開いた。十四日の欄は打ち合わせが三つ入っていて、書くところがなかった。
右の余白に、小さく書いた。
「金木犀(二回目)」
ボールペンだったので、消せない。
― 匿名の手帳の余白派
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