
…こわい顔を見ながら「こわがっている」と言葉を選んだ人の脳では、反応が小さくなっていたにゃ。
こんなやりとり、ないにゃ?
気持ちに名前をつけたら、
その気持ちが本物になって、
もっと大きくなりそう。
だから「べつに」「疲れてるだけ」で
ふたをしておく。
言葉にすると、ほんとうに
よけいにつらくなるのかにゃ。
心理学者のリーバーマンさんたち(2007年)は、アメリカの大学で、18〜36歳の30人に、脳のはたらきを映す装置(fMRI)に入ってもらったにゃ。
見てもらったのは、人の顔の写真。8割はこわがっている顔か、怒っている顔にゃ。1枚5秒ずつ、場面ごとにちがうことをしてもらったにゃ。
何も答えずに、顔を見ているだけ。
顔の下に「こわがっている」「怒っている」のような言葉が2つ。顔の気持ちに合うほうを選ぶ。
顔の下に人の名前が2つ。顔の性別に合うほうを選ぶ。言葉を選ぶ作業は同じで、気持ちにはふれない。
ほかに、顔どうしを見くらべて「同じ気持ちの顔」「同じ性別の顔」を選ぶ場面もあったにゃ。
見たのは、脳の奥の扁桃体。こわがる顔や怒った顔を見ると、すばやく反応する場所にゃ。
こわがる顔を見ながら「こわがっている」という言葉を選ぶと、扁桃体の反応は、ただ見ているときとくらべてどうなったと思う?
気持ちの言葉を選んでいるときは、
ただ見ているときより、
扁桃体の反応が小さかった
大事なのは、くらべた相手にゃ。同じ顔を見ながら名前を選んだときは、ここまで小さくならなかった。言葉を選ぶ作業をしていても、それが気持ちの言葉でなければ、同じことは起きなかったにゃ。
顔どうしを見くらべて「同じ気持ちの顔」を選んだときも、ただ見ているときと変わらなかった。気持ちに目を向けるだけでなく、言葉に置き換えるところに、ちがいがありそうにゃ。
かわりに、ひたいの奥の右側(右の腹外側前頭前野)のはたらきが上がっていたにゃ。名前を選ぶときより気持ちの言葉を選ぶときに強く働いていたのは、脳ぜんたいでここだけ。ここがよく働いていた人ほど、扁桃体の反応は小さかったにゃ。
暮らしの言葉で言い直すと、「こわがっている」という言葉は、こわさへの反応を大きくしなかった。少なくとも脳のこの場所では、反対だったにゃ。
ただ、この実験が測ったのは脳の反応で、本人が楽になったと感じたかは聞いていないにゃ。言葉も、自分の気持ちではなく写真の顔の気持ちで、差し出された2つから選んだだけにゃ。
しくみは、まだ確かめられていないにゃ。研究者たちが挙げている説を並べるにゃ。
言葉を選ぶことで、こわい顔から気がそれただけなら、名前を選んでも同じことが起きたはず。そうならなかったので、それだけでは説明しにくい、と研究者たちは書いているにゃ。
そのうえで、ひたいの奥の右側が、扁桃体と深くつながる別の場所を通して、反応をしずめているのでは、と考えたにゃ。データの並び方から立てた道筋で、つながりを直接たどったわけではないにゃ。
気持ちは、もやっとした形のないものになりやすいにゃ。名前をつけると、「これはこわさ」と仕分けができる。扁桃体は、何かわからないものにもよく反応する場所なので、正体がわかるとしずまるのでは、という説にゃ。
ただ、こわさや不安には合うけれど、怒りや悲しみがしずまることまでは説明しきれない、と研究をまとめた論文は書いているにゃ。
気持ちの言葉でなく、「動物」「人」のような大きなくくりの言葉をつけても、似たことが起きたという報告があるにゃ。言葉に置き換えると、目の前の生々しさから少し離れられるのでは、という考えにゃ。
そして、ふしぎな話がもうひとつ。別の研究では、つらい写真を見ながら合う言葉を選んでもらうと、ただ見ているときより、つらさが少しだけ小さかったにゃ。
ところが、やる前の人に予想してもらうと、「言葉を選ぶほうがつらい」と答えた。自分でやって、楽だったと答えたばかりの人に聞いても、予想は同じだったにゃ。
研究者たちは、言葉にすることを気づかないうちに働く気持ちの整え方、と呼んでいるにゃ。
2012年には同じ大学のチームが、写真ではなく本物で確かめたにゃ。クモがとてもこわい88人(8割が女性・平均20歳)が、2日間で20回、タランチュラの前に60センチほどの距離ですわった。そのたびに、4つの組に分かれてちがうことをしたにゃ。
「毛むくじゃらのクモが飛びかかってきそうで、不安」のように、クモと自分の気持ちを言葉にする。
「小さなクモを見ていても、危なくない」のように、落ち着ける見方を言葉にする。
「居間のソファの前にテレビがある」のように、家の中のことを言う。
ただクモの前にすわる。
1週間後、別のクモに近づくテストで、体のこわがり方(手の汗の反応)が下がっていたのは、どの組だと思う?
ただ、ほかの物差しでは、差ははっきりしなかったにゃ。
①の組は、③の関係ない話の組より少し先まで進めたけれど、差があると言い切れるほどではなかったにゃ。
「どのくらいこわかったか」は、どの組でも1週間で下がった。でも、組による差はなかったにゃ。①の人たちも、ほかよりこわくなくなったとは感じていなかったにゃ。
それから、練習のあいだに「不安」「こわい」の言葉を多く口にした人ほど、汗の反応が下がっていた、というつながりもあったにゃ。
体のほうが先に落ち着いて、気持ちはまだ追いついていない。そんな姿に見えるにゃ。
2007年の実験では、顔を見て5秒のうちに、差し出された2つの言葉から1つを選んだにゃ。
いまの私たちが、とっさに口にする気持ちの言葉と並べてみるにゃ。
便利な言葉にゃ。こわいときも、腹が立ったときも、くたびれたときも、一語ですむ。
実験で選んだのは、「こわがっている」か「怒っている」か、ちがう気持ちを分ける言葉だったにゃ。まとめ言葉で何が起きるかは、調べられていない。ただ、中身が二つ三つ混ざったまま、一語がふたになっていることはありそうにゃ。
歯医者の椅子、採血の針、かけたくない電話。私たちはつい「大丈夫」と自分に言い聞かせるにゃ。
クモの実験で「危なくない」と考え直した組には、短い指示しか渡されていなかった、と研究者たち自身が書いているにゃ。だから「大丈夫」がだめという話ではないにゃ。その前に「こわいな」と一回認めるやり方もある、ということ。言葉を取りかえるより、順番に並べる感じかもしれないにゃ。
思いきって「不安なんだ」と言ったのに、胸がざわっとしたまま。そんな日もあるにゃ。
研究をまとめた論文によると、差し出された言葉を選ぶ実験では、その場で反応が小さくなりやすい。自分で言葉をさがす実験では、効き目があとから出たり、その場ではかえって高ぶったりしていたにゃ。クモの実験でも、落ち着いたのは体のほうで、本人はこわさが減ったと感じていなかった。言った直後の手ごたえだけでは、決められなさそうにゃ。
モヤモヤしているとき、いちばんやりがちなのはどれ?

楽だった、と自分で答えた人が、
そのすぐあとに聞かれても、
「言葉を選ぶほうがつらい」と
予想していたにゃ。
脳の写真より、
この予想のほうが、
あなたの毎日に近い話にゃ。
「口に出したら本物になりそう」
と言葉をのみこむとき、
その予想は、実験の人たちの予想と
そっくり同じ形をしているにゃ。
それだけ、人に深くしみこんだ
思いこみなのかもしれないにゃ。
もうひとつ。名前は、
気持ちを消す道具ではなかったにゃ。
クモの実験でも、口にした人のこわさは、
ほかの組より小さくはならなかった。
箱にラベルを貼っても、
中身はそのまま。
わかるのは、どの箱に何が
入っているか、だけ。
変わったのは、こわさの量より、
こわさとの距離のほうだったのかもしれない。
そこはまだ、研究で確かめられていない
ねこたちの読みにゃ。
1枚5秒。言葉は2つ。
名前は、
二つから選ぶだけ
だったにゃ。
ぴったりの一語を、
自分でさがし当てたわけじゃないにゃ。
差し出された2つのうち、
近いほうを選んだだけ。
それだけで、こわい顔への反応は
小さくなっていたにゃ。
こわいのか、腹が立っているのか。
さみしいのか、くたびれたのか。
二つ並べて、近いほうを選ぶ。
それで、ラベルは一枚にゃ。
猫の国は、優しい人のための場所にゃ。
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