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脳のふしぎ

「うわぁ…」と息をのむと、時間が少しだけ増える?

…増えたのは時計の分じゃなくて、「まだ間に合う」の感じだったにゃ。

この研究を一枚で
問い
大きなものを前に「うわぁ…」と息をのむ気持ち(畏敬)は、時間の感じ方を変えるのか
どこで
アメリカの大学で、学生63人と86人。それにネットで募った大人105人。3つの実験(Rudd, Vohs & Aaker 2012)
どうやって
滝やくじらが出てくる60秒のCMを見る/畏敬を感じた思い出を書く/エッフェル塔にのぼる話を読む。比べる側は、楽しいCM・幸せな思い出・ふつうの塔の話
わかったこと
畏敬の側は「時間がある」と感じやすく、いらいらが少なかった。人のために時間を使う気持ちが強まり(お金は変わらず)、モノより体験を選び、そのときの人生の満足感も高かった
その後の研究
2026年の追試では、エッフェル塔の話の実験をくり返しても差は出なかった。短い方法では畏敬が軽すぎるのかもしれない、と追試の研究者たちは書いている

こんなやりとり、ないにゃ?

ねえ、さっきの空見た?
見てない。一日パソコンの前だった
ほんと時間ない。一日が30分くらいで終わる
帰り道、すごい色になってたよ
(送られてきた写真で、少しだけ手が止まった)

時間は、いつも足りない。

なのに、空を見て立ち止まった数分は、
なぜか「損した」気がしないにゃ。

あの「うわぁ…」には、
心理学の名前があるにゃ。
畏敬(いけい)。英語で awe にゃ。

🧪 研究 「うわぁ」と時間

時間に追われる気分にしてから、
60秒のCMを見せた

スタンフォード大学とミネソタ大学のビジネススクールの心理学者、ラッドさん、ヴォースさん、アーカーさん(2012年)は、畏敬が時間の感じ方を変えるのかを、3つの実験で確かめたにゃ。

ひとつめの実験に来たのは、大学生63人。

まず全員に、ばらばらの単語を並べかえて文をつくってもらったにゃ。半分は「時間が足りない」という意味の文になるしかけ。全員を、少し時間に追われた気分にしておいたにゃ。

それから、薄型テレビのCMを60秒。

半分の人は、街や公園にいる人の前に、滝やくじら、宇宙に浮かぶ宇宙飛行士が現れるCM。もう半分は、虹色の紙ふぶきが舞って、笑顔のパレードが通るCM。どちらも気分がよくなる映像で、ちがうのは「圧倒される大きさ」があるかどうかだけにゃ。

最後に、「やりたいことをする時間はたっぷりある」「時間には限りがない」などに、どのくらいあてはまるかを答えてもらったにゃ。

予想してみるにゃ

「時間がある」と強く感じたのは、どっちのCMを見た人だったと思う?

📊 結果の読み方

「時間がたっぷり」に
なったわけじゃない

グラフをよく見ると、滝やくじらを見た人も、まんなかより下にいるにゃ。最初に「時間が足りない」気分にされていたから、どちらも「時間がない」側から始まっているにゃ。

畏敬がしたのは、時間をたっぷりにすることじゃなかったにゃ。追われる感じを、少しゆるめた、くらいの差にゃ。

それでも、見のがせない差にゃ。

比べた相手は、楽しいCMだったにゃ。「気分がよくなったから余裕が出た」だけなら、パレードでも同じことが起きたはず。起きなかったということは、効いていたのは気分のよさとは別の何か、ということになるにゃ。

先に時間に追われる気分にしておいたのにも、わけがあるにゃ。畏敬を感じるのは、山や海に出かけた、もともと時間のあるときが多い。「ひまだから、うわぁとなれる」だけかもしれない。その見方を外すために、全員を同じ「時間がない」から始めたにゃ。

🧪 研究 ふたつめと、みっつめ

人のために、
差し出したくなったもの

ふたつめの実験では、大学生86人に、自分の思い出を書いてもらったにゃ。半分は「畏敬を感じたとき」、半分は「幸せを感じたとき」。

畏敬の思い出を書いた人は、そのあと、いらいらした気持ちが少なかったにゃ。それから、よいことのために「時間を使う」気持ちと「お金を出す」気持ちを、それぞれ聞いたにゃ。

予想してみるにゃ

畏敬の思い出を書いた人で、強くなっていたのはどっち?

思い出の中身は、自然の景色、音楽や絵、自分がやりとげたこと、だれかのすごい姿、人とのやりとりと、いろいろだったにゃ。けれど、どの種類の思い出だったかで、いらいらの差は変わらなかったにゃ。畏敬の思い出が、のんびりした休みの日ばかりだったわけでもなかったにゃ。

📊 みっつめの実験(大人105人)

エッフェル塔にのぼってパリを見下ろす話を読んだ人は、名もない塔からふつうの景色を見る話を読んだ人より、「時間がある」と感じていたにゃ。

腕時計かミュージカルのチケットか、ジャケットかレストランの食事か。5組の二択で体験のほうを選んだ割合は

66% / 54%

エッフェル塔の話 / ふつうの塔の話。
「いまの自分の人生にどのくらい満足しているか」も、エッフェル塔の話を読んだ人のほうが高かったにゃ。

研究者たちが計算してみると、この差の多くは「時間がある」と感じた度合いで説明できたにゃ。時間の感じ方が先に動いて、選ぶものが変わった、という読み方にゃ。

🤔 なぜ、時間の感じ方が変わるのか

目の前が大きすぎると、
心は「いま」に留まる

研究者たちが挙げた説明は、いまにかかわるものにゃ。

圧倒されるものを前にすると、注意は「次に何をするか」から離れて、目の前で起きていることに吸いよせられる。そして、いまに注意が向いているときほど、時間は長く感じられる、という説が2003年に出されていたにゃ。この実験では「いまに集中したか」までは測っていないから、これはまだ説の段階にゃ。

畏敬という感情を、はじめて理論として整理したのは、同じ2003年の心理学者たちにゃ。畏敬には2つの芯がある、と考えたにゃ。

ひとつは、広大さ。大きさでも、数でも、技のすごさでも、とにかく自分の物差しをはみ出すもの。もうひとつは、それがいまの理解に収まらなくて、わかり方を作り直したくなること。

滝やくじらは大きいだけじゃなく、「こんなものがあるのか」と、ものの見方を少し揺らす。パレードは楽しいけれど、見方は揺らさない。2つのCMの差は、そこにあったのかもしれないにゃ。

日本語の「畏怖」や「畏れ」は、こわさの響きが強いにゃ。研究でいう awe は、おどろきや感嘆が中心で、雷や嵐のように少しこわさがまじることもある、幅のある気持ちにゃ。

畏敬のさなかには、「自分が小さくなった」と感じる人が多いことも、別の研究で確かめられているにゃ。自分の用事が小さく見えると、急ぐ理由も小さくなる。ねこたちは、時間の話とそこがつながっている気がしているにゃ。

🔍 その後の研究

同じ実験を、
もう一度やってみたら

2026年に、畏敬の有名な実験をいくつもくり返した研究が発表されたにゃ。そのひとつが、エッフェル塔の話の実験。前の倍以上の263人に、ネットで同じ話を読んでもらったにゃ。

「時間がある」と感じた度合い(7段階の平均)
2012年:エッフェル塔の話3.83
2012年:ふつうの塔の話3.09
2026年の追試:エッフェル塔の話3.29
2026年の追試:ふつうの塔の話3.45

追試では、時間の感じ方にも、体験を選ぶ割合にも、人生の満足感にも、差は出なかったにゃ。

ただ、この追試では、エッフェル塔の話を読んでも、畏敬そのものがあまり起きていなかったにゃ。ほかの回では、動画や思い出を書く方法で畏敬はちゃんと起きたのに、その先の変化は、ほとんど出てこなかったにゃ。

追試の研究者たちは、短い動画や文章の畏敬はひとさじ分で、その先を動かすには軽すぎるのかもしれない、と書いているにゃ。一方で、畏敬を強く感じた人ほど、いくつかの点で高い数字が出る傾向もあったにゃ。

「1分の映像で時間が増える」は、まだ確かとは言えない。でも、畏敬と時間の話そのものが消えたわけでもない。いまはそのあいだにいるにゃ。

⏳ 今に置き換えて考える

タイパの時代の、
「うわぁ」の置き場所

2012年の実験は、テレビのCMを60秒、ただ見るところから始まったにゃ。

いまの日本で「時間」というと、まず浮かぶのは節約のほうかもしれないにゃ。

節約する時間

倍速で浮いた10分は、増えた気がしない?

2022年、辞書の出版社が選ぶ「今年の新語」の大賞は「タイパ」だったにゃ。かけた時間に見合うかを気にして、動画は倍速、ドラマはあらすじから。

節約は、時計の分を増やす工夫にゃ。この実験で動いたのは、そっちじゃなくて「時間はある」の手ざわりのほうだったにゃ。倍速で浮いた10分が、すぐ次の用事に吸いこまれていくのは、手ざわりのほうが前のままだからかもしれないにゃ。

流れてくる絶景

滝も、オーロラも、数秒で次へ

実験の滝やくじらは、ほかに何もせずに見る60秒だったにゃ。いまは絶景の写真や動画が毎日のように流れてくるけれど、親指ひとつで次へいくにゃ。

追試の「ひとさじでは軽すぎるのかも」を思い出すと、見た数はとても多いのに、「うわぁ…」が始まる前に次へ進んでいるのかもしれないにゃ。

見上げる日

暦には、空を見る日が残っている

お月見、花火大会、初日の出。日本の一年には、みんなで同じものを見上げる日が、いまも決まっているにゃ。

寒い朝にわざわざ起きたり、人ごみに出かけたりするのは、画面の60秒よりずっと大きな「うわぁ…」を、体ごと取りにいく昔からの知恵なのかもしれないにゃ。

あなたならどれ?

あなたのいちばん最近の「うわぁ…」は、どれに近い?

🐱 猫の国の研究所より

ここからは、
研究所の考察にゃ。

滝やくじらのCMを見た人たちは、
1分ももらっていないにゃ。
むしろ、CMを見るのに
60秒つかっている。

用事は減っていない。
締め切りも動いていない。
それでも「まだ時間はある」の感じは、
少しだけ動いていたにゃ。

「時間がない」は、
時計を見て数えた答えのようでいて、
そのときの心の向きも、
答えに混ざっているのかもしれないにゃ。

ただ、追試では同じ結果が出なかった。
心の向きは、60秒の映像くらいでは
そう簡単に変わらない、
ということなのかもしれないにゃ。

ねこは、雲が流れていくのを
ずいぶん長く見ていることがあるにゃ。

あれを「ひまそう」と見るか、
「時間をたくさん持っている」と見るか。
ねこたちのあいだでも、
まだ意見が分かれているにゃ。

🌌

「うわぁ…」は、
時間を足すんじゃなくて、
時間の持ち方を
変えるのかもしれない。

画面の滝は、
親指ひとつで次へいくにゃ。
帰り道の空は、
次へいかない。

すごい色の日は、
写真は、十かぞえてから。

時計は十秒しか進まないにゃ。
その十秒がどのくらいの長さだったかは、
時計には書いてないにゃ。

📚 参考文献

この記事で紹介した研究

📋 研究所のほかのレポートにゃ

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…心の中の「私」を、自分の名前に変えるだけ。スピーチの実験で、ちがいが出たにゃ。

Rudd, M., Vohs, K. D., & Aaker, J. (2012). Awe expands people's perception of time, alters decision making, and enhances well-being. Psychological Science, 23(10), 1130-1136. リンク
Keltner, D., & Haidt, J. (2003). Approaching awe, a moral, spiritual, and aesthetic emotion. Cognition and Emotion, 17(2), 297-314. リンク
Vohs, K. D., & Schmeichel, B. J. (2003). Self-regulation and the extended now: Controlling the self alters the subjective experience of time. Journal of Personality and Social Psychology, 85(2), 217-230. リンク
Piff, P. K., Dietze, P., Feinberg, M., Stancato, D. M., & Keltner, D. (2015). Awe, the small self, and prosocial behavior. Journal of Personality and Social Psychology, 108(6), 883-899. リンク
Graziosi, M., Chirico, A., Clifton, J. D. W., Rohde, J. S., Chhabra, R., & Yaden, D. B. (2026). A series of replication attempts of experimental awe-induction effects. PLOS One, 21(9), e0356728. リンク
上記の研究知見をもとに、ニャンタルヘルスが独自に構成・考察したものです。原論文の翻訳ではありません。記事の内容は情報提供を目的としたものであり、医学的・心理学的な診断やアドバイスではありません。つらい状況にいる方は、信頼できる専門家にご相談ください。

著者:研究所のねこたち|ニャンタルヘルス
🐱 猫の国 研究所 ― nyantal.com