
…体と気持ちは、別々に動くことがあるにゃ。
ひとりで、こんなふうに
考えたことないにゃ?
体の反応こそが本音で、
口で言うことはたてまえ。
そんな見方を、どこかで
聞いたことがあるかもしれないにゃ。
だから体と気持ちがずれると、
「私の気持ちのほうが
間違ってるのかな」と
思ってしまうにゃ。
ほんとうに、
体はいつも本音を言っているのかにゃ。
カナダの心理学者チヴァースさんたち(2010年)は、1969年から2007年までに発表された132の実験室の研究を集めて、まとめて分析したにゃ。参加した人は、あわせて女性2,505人、男性1,918人にゃ。
どの研究も、やり方は似ていたにゃ。性的な映像や音声を見聞きしてもらいながら、性器の血流の変化を器具で測る。同時に、本人には「いま、どのくらい興奮しているか」を答えてもらう。
そのふたつがどのくらいいっしょに動くかを、研究ごとに数字にして集めたにゃ。
体の反応と、本人の感じ方のつながりは、男性と女性でどうだったと思う?
体の反応と、本人が感じた興奮のつながりは
男性で0.66、女性で0.26。
女性では、つながりが弱かった
女性のつながり
0.26は「ゼロ」ではないにゃ。体がよく反応している人ほど、興奮していると答える傾向は、少しはあったにゃ。
でも、つながりが弱いということは、体のようすを見ても、その人がどう感じているかはほとんど言い当てられないということにゃ。
これは「女性の体と気持ちは、いつもずれている」という意味ではないにゃ。一人ひとりで見ると、体と気持ちがよくそろう女性もいれば、ほとんど別々に動く女性もいる、と研究者たちは書いているにゃ。
男性の0.66は強めのつながりだけど、1ではないにゃ。男性でも、体と気持ちがずれることはあるにゃ。
どちらにしても言えるのは、体の反応は、気持ちの代わりにはならないということにゃ。
なぜずれるのか、答えはまだ出ていないにゃ。研究者たちが論文の中で挙げている説を、ふたつ紹介するにゃ。
これまでの実験で、女性の体は、本人が好まない種類の性的な場面にも反応しやすいことが知られていたにゃ。
そこで出てきたのが、性に関係ありそうな合図があると、好みかどうかにかかわらず体が自動でうるおい、けがを防ぐ備えをするのでは、という説にゃ。進化の歴史から考えた説で、異論もあり、まだ確かめている途中にゃ。
男性は体の変化を手がかりに気持ちをつかみやすく、女性はその場の状況や、それをどう受けとめたかを手がかりにしやすいのでは、という見方もあるにゃ。
実際、いろいろな種類の場面を見せた研究では、女性のつながりが高めに出ていたにゃ。場面のちがいという手がかりがあると、自分の気持ちをつかみやすいのかもしれないにゃ。
どちらの説でも、体の反応の一部は、気持ちとは別の仕組みで動いている、ということになるにゃ。
このずれを、だれにでもわかる言葉で伝えてきたのが、アメリカの性教育者エミリー・ナゴスキーさんにゃ。研究を読み解いて、本や講演で伝えてきた人にゃ。ここからは、彼女の説明にゃ。
えさの前にベルを鳴らしつづけると、犬はベルの音だけでよだれを出すようになるにゃ。
でも、犬はベルを食べたいわけじゃないにゃ。ベルが「食べものに関係あるもの」になっただけにゃ。
体の性的な反応も同じで、「性に関係ある」というしるしであって、「欲しい」「好き」のしるしではない、と彼女は説明しているにゃ。
虫の入ったりんごをかじって口につばがわいても、「いやと言っても、口は正直だね」と言う人はいない。性のことでだけ、体の反応が本人の言葉より信じられてしまう。彼女はそう指摘しているにゃ。
ずれは逆向きにも起きるにゃ。「したい」と伝えたのに、「体がまだだから、無理してるだけでしょ」と返された女性の話を、彼女は講演で紹介しているにゃ。
そこでの答えは、相手の言葉を聞くこと。それから、潤滑ゼリーを用意しておくことだったにゃ。
「体は先に備えている」という説を確かめようとした実験が、2011年にカナダで行われたにゃ。参加したのは、恋人のいる20代前半の女性15人と男性15人にゃ。
聞いてもらったのは、2分ほどの物語14本。男女のあいだの出来事を、性があるかどうか、同意があるかどうか、暴力があるかどうかで描き分けたにゃ。
女性の体は、同意のない場面も含めて、
性のある物語のどれにも反応した。
でも本人が感じた興奮は、
同意のある、暴力のない物語でいちばん高く、
同意のない場面は、男女とも
「不快」「不安になる」と答えていた
体は反応していた。でも本人は、その場面を望んでも、楽しんでもいなかったにゃ。
人数の少ない実験で、研究者たち自身も、もっと多くの人での追試をすすめているにゃ。
2004年には、望まない性の場面での体の反応についての報告を集めた論文も出ているにゃ。そうしたことは女性にも男性にも起こりうること、そして体が反応したことは同意のしるしにならないことを、はっきり書いているにゃ。
分析に入った研究の参加者は、カナダやアメリカ、オーストラリア、北西ヨーロッパの人たちだったにゃ。実験室で映像を見るのは、ふだんの暮らしとはずいぶんちがう場面だ、ということも論文に書かれているにゃ。
日本の人を同じように測った研究は、この中に入っていないにゃ。それでも、いまの日本の暮らしにも、思い当たる場面がありそうにゃ。
大人向けの漫画やドラマで、くり返されてきたセリフにゃ。いやがっていても体が反応していれば、それが本音、という筋書き。
研究から見えた体は、正直というより、早くておおざっぱにゃ。この言い回しを見聞きしてきたせいで、自分の体の反応まで「本音」と読んでしまうことがあるのかもしれないにゃ。
相手の気持ちを、体のようすで読もうとしない。「このままでいい?」「やめておく?」と言葉で聞く。それがいちばん確かな方法にゃ。
反対に、気持ちはあるのに体が追いつかない日もあるにゃ。潤滑ゼリーは、気持ちが足りないしるしではなく、ただの道具にゃ。
2023年に刑法が変わり、罪の名前が「強制性交等罪」から「不同意性交等罪」になったにゃ。夫婦のあいだでも同じだということも、はっきり書かれたにゃ。
法律の文に体の反応のことは出てこないけれど、見るべきは体ではなくその人の意思、という向きは、この研究の話と重なって見えるにゃ。
体と気持ちがずれたとき、いまのあなたにいちばん欲しいものは?

体が反応したことを理由に、
「本当は嫌じゃなかったんでしょ」と
言われたことがある人。
だれにも言われていないのに、
自分で自分にそう言ってきた人も、
いるかもしれないにゃ。
132の研究には、どれにも
同じ手順がひとつあったにゃ。
体には器具をつけて、
血流の変化まで測る。
それと同時に、
「いま、どう感じているか」を
本人に聞く。
体をどれだけくわしく測っても、
気持ちのものさしは、
いつも本人の答えだったにゃ。
体と心のあいだのことは、
まだわからないことも多いにゃ。
ここに書いたのは、
研究のやり方から
ねこたちが受けとったことにゃ。
それでも、見るべきは
体のようすよりその人の言葉。
だれかがあなたを見るときも、
あなたが自分をふり返るときも、
それは同じにゃ。
同意のある物語にも、
ない物語にも、
体は反応していたにゃ。
体は「関係ありそう」と
知らせただけ。
「いい」か「いや」かは、
あなたの中にある。
「いい」と「いや」を
見分けていたのは、
本人の答えのほうだったにゃ。
体が先に動いた日も、
あとから追いついた日も、
どうだったのかを
たずねる先は、体じゃなくて、
あなたにゃ。
猫の国は、優しい人のための場所にゃ。
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