
…大学に通う女性の半分近くに、一度は覚えがあったにゃ。
こんな夜、なかったにゃ?
相手が嫌いなわけじゃない。
いやなことをされたわけでもない。
なのに、終わったあと、
わけもなく悲しくなる。
そんな夜のことを、
質問票で数えた人たちがいるにゃ。
オーストラリアのクイーンズランド工科大学のシュヴァイツァーさんたち(2015年)は、大学に通う230人の女性に、オンラインで質問に答えてもらったにゃ。名前は聞かない、無記名の質問票にゃ。
たずねたのは、こういうことにゃ。
「合意のうえのセックスのあとに、説明のつかない涙や悲しさが、困りごとになったことはある?」
これまでの人生でと、最近4週間でと、2つの時間で聞いたにゃ。いっしょに、親しい人との距離のとり方のくせや、性生活の調子、ふだんのこころのつらさも測ったにゃ。
これまでに一度でも「ある」と答えた人は、どのくらいいたと思う?
これまでに一度でも覚えがある人は、半分近く。
そのほとんどは「数回」で、
「たいてい・いつも」は2%だった
これまでに一度でも「ある」
暮らしの言葉にすると、こうにゃ。女友だちが10人いたら、4〜5人は、一度くらいそういう夜を過ごしている。ただ、毎回のように来る人は、ほんのひと握り。
あなたの「一度だけ、ああいう夜があった」は、ひとりだけの話ではなさそうにゃ。
研究者たちが確かめたかったのは、もうひとつ。「見捨てられるのがこわい」「近づきすぎるのが苦手」という、親しい人との距離のくせがある人ほど、涙が出やすいのではないか、という予想だったにゃ。
ほかのことを合わせて見ると、見捨てられる不安や親密さの苦手さでは、はっきり説明できなかったにゃ。年齢や付き合いの長さとも、つながりは見られなかったにゃ。性生活の調子とのつながりも、あっても弱いものだったにゃ。
ふだんの落ちこみや不安が強い人ほど、覚えのある人が多かったにゃ。子どものころに望まない性の体験をした人でも、多かったにゃ。
ただ、ぜんぶを合わせても、説明できたのは一部だけ。そういう経験のない人にも、ふつうに起きていたにゃ。
「親密さが苦手だから泣くんだ」という決めつけは、この調査では支えられなかったにゃ。研究者たちは、これはまだよくわかっていない現象だ、とまとめているにゃ。
理由については、いくつかの考えがあるにゃ。それぞれ、どこから来た考えなのかといっしょに並べてみるにゃ。
セックスのあいだに高まったホルモンが、終わったあとに引いていく。その落差で気分が沈むのでは、という説にゃ。解説記事などでよく見かけるけれど、涙が出る人の体で確かめられた説明ではないにゃ。
シュヴァイツァーさんも、2011年の調査のあとで「体の側のなりやすさが大きいのかもしれない」と話していたにゃ。体のほうの説明は、これから確かめられていく話にゃ。
2011年に、イギリスの女性の双子1,489人を調べた調査があるにゃ。遺伝で説明できる部分は3割弱(26〜28%)。のこりは、一人ひとりの経験などによるものだったにゃ。
生まれつきで全部決まる、という話ではないにゃ。研究者たちは、手をさしのべる手がかりは、ふたりの関係への満足や、過去のつらい経験のほうにある、と書いているにゃ。
家族療法には「自己分化」という考えがあるにゃ。人と近くにいても、自分の気持ちと相手の気持ちを分けておける力のこと。臨床の中から生まれた理論にゃ。
研究者たちはこの考えをもとに、気持ちが揺れやすい人や、相手と溶けあいやすい人には、終わったあとの時間が離れていくことのように感じられて、こたえるのかもしれない、と見立てたにゃ。調査では、気持ちの揺れやすさに小さなつながりが見えただけで、これもまだ見立てにゃ。
どれかひとつで説明がつくというより、いくつかが重なっているのかもしれないにゃ。
どの説をとっても、一度の涙だけで「ふたりはもうだめ」「わたしがおかしい」と決める材料には、ならなさそうにゃ。
女性だけの話なのかを確かめるために、同じ大学のチームは2019年、世界のいろいろな国の男性1,208人に、オンラインで同じことをたずねたにゃ。
女性の調査とは聞き方や集め方がちがうので、男女の数字をそのまま比べることはできないにゃ。
男の人でも、ふだんのこころのつらさや、子どものころのつらい体験とのつながりが見られたにゃ。「終わったあとの男の人の気持ちは、思われているよりずっといろいろ」と、研究者たちは書いているにゃ。
別の研究でも、同じ大学のチームが2011年に若い女性200人あまりに聞いたときは、3人に1人に覚えがあったにゃ。
聞き方や、だれに聞くかで数字は動くにゃ。調べたのは、オーストラリアの大学に通う若い女性が中心で、ほかの年代や国にそのまま当てはまるかはわからないにゃ。それでも、どの調査でも、めずらしい話ではなかったにゃ。
研究の女性たちは、名前を書かない質問票だから、この話を打ち明けられたのかもしれないにゃ。面と向かっては、なかなか話題にしないことにゃ。
いまの日本の暮らしに置いてみると、どうなるか。研究の先まで考えてみるにゃ。
男の人の、終わったあとにすっと冷める感じには、日本だと「賢者タイム」という冗談めいた言葉があるにゃ。笑って話せる言葉があると、「みんなそうなんだ」と思えるにゃ。
でも、よかったのに涙が出る、さみしくなる、には、ふだん使う言葉がないにゃ。名前がないと、「わたしだけ」「わたしがおかしい」に行きつきやすいのかもしれないにゃ。男の人の調査で4割に覚えのあった悲しさや涙は、あの笑い話の中には、たぶん入っていないにゃ。
調査では、ふだんのこころのつらさが強い人ほど、涙が出やすかったにゃ。
仕事でも家でも気を張っていて、自分の気持ちに気づくひまがない日が続く。そんなとき、からだがいちばんゆるむ時間に、たまっていたものが出てくるのかもしれないにゃ。調査はそこまで聞いていないけれど、そうだとしたら、その涙は相手への返事ではなく、あなたの毎日の話なのかもしれないにゃ。
涙を見ると、そばの人は、その夜の答え合わせのように受けとってしまいがちにゃ。泣いたほうは「ごめん」と謝り、そばの人は「何をまちがえたんだろう」と考えこむ。
落ちついている昼間に、「たまに、理由なく涙が出ることがあるの。あなたが何かしたわけじゃないよ」と先に渡しておくと、次の夜、ふたりとも少し楽かもしれないにゃ。泣いた本人にも理由がわからないことが多いから、そばの人も、理由を聞きださなくていいにゃ。
終わったあとに、わけのわからない悲しさが来たら。あなたなら、どうしてほしい?

よかったのに、涙が出た。
そのあと胸に浮かぶのは、
たいてい、相手とのことにゃ。
「この人を、好きじゃないのかな」
「近づきすぎるのが、こわいのかな」
研究者たちも、
同じところから始めていたにゃ。
見捨てられるのがこわい人や、
近づきすぎるのが苦手な人ほど、
涙が出やすいのでは、と。
ところが、ほかのことと合わせて見ると、
その予想では、はっきり説明できなかったにゃ。
付き合いの長さとも、
つながりは見えなかったにゃ。
夜中にひとりで立てた仮説は、
研究者たちが確かめて、
通らなかった仮説と同じだったにゃ。
つながりが見えたのは、
その夜のふたりより、
ふだんの落ちこみや不安のほう。
オーストラリアの大学で集めた、
名前のない答えから言えるのは、
ここまでにゃ。
もうひとつ、別に置いておきたいことがあるにゃ。
子どものころの望まない性の体験とも、
つながりが見えていたにゃ。
涙といっしょに、昔の場面が
戻ってくる夜があるなら、
それは、わけのわからない涙とは
また別の話かもしれないにゃ。
その記憶は、こういう記憶を
扱い慣れた専門家と、
時間をかけてほどいていけるものにゃ。
声に出したのは「ごめんね」。
心の中にあったのは
「よかったのに」。
謝る理由の見つからない涙に、
「ごめんね」は、ちょっと似合わないにゃ。
うすい字のほうを、そのまま声に。
「よかったのに、なんでだろうね」。
それは、となりの「俺、何かした?」への
いちばん短い返事にもなるにゃ。
猫の国は、優しい人のための場所にゃ。
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