
…汗のしみたTシャツを嗅ぐ、1995年の実験があったにゃ。
こんな話、したことないにゃ?
「匂いが合う人は、相性がいい」。
テレビや雑誌で、
いまもときどき聞く話にゃ。
もとをたどると、
スイスの大学でおこなわれた、
ちょっと変わった実験に
行きつくにゃ。
スイスのベルン大学の生物学者ヴェーデキントさんたち(1995年)は、男子学生44人に、新しい綿のTシャツを2晩つづけて着て眠ってもらったにゃ。
そのあいだは香りのない制汗剤を使い、香水も、たばこも、匂いの強い食べものもひかえてもらう。残したかったのは、その人の体の匂いだけにゃ。
次の日、女子学生49人が、ひとりずつ6枚のTシャツを嗅いだにゃ。Tシャツは箱に入っていて、小さな穴から匂いだけをかぐ。匂いの強さ、心地よさ、セクシーさに、0から10で点をつけていったにゃ。
全員の、免疫に関わる遺伝子の型。
MHC(人ではHLAとも呼ぶ)といって、
体に入ってきたものを見分ける仕事にかかわる、
ひとりひとり組み合わせのちがう遺伝子にゃ。
6枚の中には、型が自分と似ている男性のものと、
ちがう男性のものが混ぜてあったにゃ。
女性たちが「心地いい」と点をつけたのは、どちらの男性のTシャツだったと思う?
女性たちは、免疫の型が自分とちがう男性の匂いを、
似ている男性の匂いより心地よいと感じていた。
ちがう型の匂いは、
いまの恋人や昔の恋人を思い出させることも多かった
「なんだか好き」と思う匂いの向こうに、自分とはちがう体の人がいたかもしれない、ということにゃ。
恋人を思い出した、という話はとくに印象に残るにゃ。鼻が選んでいたものと、実際に好きになってきた人が、どこかで重なっていたのかもしれないにゃ。
もうひとつ、ふしぎな結果があったにゃ。ピルを飲んでいた女性たちでは、好みの向きが逆になって、型が似ている男性の匂いのほうが心地よいとされていたにゃ。
ピルを飲む人の好みがおかしくなる、という話ではないにゃ。体のホルモンの状態によって、同じ匂いの感じ方が動くことがある、ということにゃ。
ただ、気をつけたいこともあるにゃ。調べたのは、Tシャツの匂いへの点数まで。その人と付き合いたいか、付き合ってうまくいくかは、この実験では聞いていないにゃ。
研究者たちが考えていた説明は、こうにゃ。
両親から似た型を受けつぐと、見分けられる病原体の幅がせまくなるかもしれないにゃ。
いろいろな型を受けつぐと、次々に姿を変える病原体にも、対応できる幅が広がるかもしれないにゃ。
ネズミでは、匂いで型のちがう相手を選んでいる、という研究が先にあったにゃ。人でも、その見分けを鼻がしているのかもしれない。ヴェーデキントさんたちの実験は、それを確かめにいったものにゃ。
型が似ている相手には血のつながった家族も多いので、近すぎる相手を避ける働きだ、という見方もあるにゃ。どちらも説で、決まった仕組みではないにゃ。
この実験は有名になって、そのあと、あちこちの国で似た研究がつづいたにゃ。
2020年には、それまでの研究をまとめて分析した人たちがいるにゃ。
まとめて調べたら、「型がちがう相手に惹かれる」は、どうなったと思う?
型のちがいと匂いの好みのあいだに、はっきりした結びつきは見つからなかったにゃ。
本当にいっしょになったふたりが、型のちがう組み合わせになりやすい、とは言えなかったにゃ。
これも、はっきりした差は出なかったにゃ。うまくいった結果ほど発表されやすい、という偏りも見つかったにゃ。
ドイツでカップル250組あまりを調べた別の研究のように、型のちがいが大きいふたりほど性の満足が高かった、という報告もあるにゃ。だから「関係ない」と言い切れるわけでもないにゃ。
いま言えるのは、匂いと免疫の型の話は、まだ決着がついていないということにゃ。少なくとも、相性を見分けられるほどの確かな仕組みではないにゃ。
1995年の実験では、香りのつくものを遠ざけて、体の匂いだけを残したにゃ。
いまの日本の暮らしは、ちょうどその逆かもしれないにゃ。柔軟剤、シャンプー、制汗シート。ドラッグストアには、香りをつける品と、匂いを消す品が並んでいるにゃ。
服の柔軟剤、髪のシャンプー、部屋の匂い。そこに、本人の体の匂いが少し混ざっているにゃ。いっしょに暮らして同じ洗剤を使えば、ふたりの服はだんだん同じ匂いになっていくにゃ。「なんか好き」は、その人の暮らしまるごとの匂いなのかもしれないにゃ。
体の匂いは、疲れや食べもの、季節、年齢で変わっていくにゃ。嗅ぐ側も同じで、この実験ではホルモンの状態で好みの向きまで変わっていたにゃ。夫の枕の匂いがふと気になる日が来ても、それだけで「相性が悪かった」と決めなくていいにゃ。
出張や単身赴任、遠距離の夜。別の研究では、恋人が1日着たTシャツを嗅いだ女性は、緊張する課題の前もあとも、ストレスを軽く感じていたにゃ。知らない男性のTシャツでは、ストレスのホルモンが高めだったにゃ。効いていたのは、型のちがいより知っている匂いだったのかもしれないにゃ。
あなたが「この匂い、落ち着く」と思うのは、どれにいちばん近い?

箱の小さな穴から嗅いだとき、
女性たちは、だれのTシャツかを
知らなかったにゃ。
それでも、心地いいと点をつけた匂いは、
いまの恋人や、昔の恋人を
思い出させることが多かったにゃ。
それが遺伝子の型のせいだったのかは、
2020年のまとめを見るかぎり、
わからないままにゃ。
20年あまりあとの別の実験でも、
女性たちは、どれが恋人のシャツかを
知らされずに嗅いだのに、
ストレスを軽く感じていたにゃ。
「匂いが合う」の正体は、
遺伝子の答えというより、
鼻がもうその人を覚えている、
ということなのかもしれないにゃ。
1995年のスイスと、2018年のカナダ。
別々のことを調べたふたつの実験を、
横に並べて読んでみただけで、
つないで確かめた人は、まだいないにゃ。
「彼の匂い」があるなら、
あなたの匂いを
覚えている鼻も、
どこかにあるにゃ。
いつもの洗剤に、いつものシャンプー。
そこに少しだけ混ざる、あなたの体の匂い。
嗅いだだけで肩の力がぬける匂いは、
だれかにとっての、
あなたなのかもしれないにゃ。
あなたの匂いを
いちばんよく知っているのは、
だれにゃ?
猫の国は、優しい人のための場所にゃ。
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