
…1,516人に聞いてみたら、「みんなと同じ」も「私だけ」も、ほんの少しだったにゃ。
こんなこと、ないにゃ?
頭の中の想像は、
だれにも見せないもの。
だから、ほかの人と比べたことがない。
比べたことがないまま、
「私は変かもしれない」だけが
残っていくにゃ。
じゃあ、比べてみたら、どうなるのかにゃ。
カナダ・ケベック州の心理学者ジョヤルさんたち(2015年)は、ネットの調査で、大人1,516人(女性799人・男性717人)に性的な空想のことを聞いたにゃ。平均は30歳ごろ。
きっかけは、ひとつの疑問だったにゃ。診断の本や治療の現場では、「普通ではない空想」が問題のしるしとして扱われてきた。でも、それが本当に少数派なのか、数えた人はほとんどいなかったにゃ。
そこで、55種の空想のリストを見せて、それぞれどのくらい当てはまるかを点数で答えてもらったにゃ。いちばん好きな空想を、自分のことばで書く欄もあったにゃ。
そして、持っている人の割合で線を引いたにゃ。2.3%以下なら「珍しい」、15.9%以下なら「少ない」、半分より多ければ「よくある」、84.1%を超えれば「典型的」。
8割を超える人が持っていた「典型的」な空想は、55種のうちいくつだったと思う?
「珍しい」になった2つは、どちらも同意のできない相手が出てくる空想だったにゃ。残りの53種は、どれもその線より多くの人が持っていたにゃ。
では、だれもが持っていた5つは何だったか。男女どちらでも典型的だったのは、気持ちが通い合うこと、雰囲気や場所を大切にすること、ロマンチックな場所。いちばん「みんな」に近い空想は、意外なほどおだやかなものだったにゃ。
人には言いにくいと感じられがちな空想も、男女ともに半分を超えていたにゃ。
もうひとつ、おもしろいことがあったにゃ。ゆだねるほうの空想を持つ人は、リードするほうの空想も持っていることが多かった。ふたつは反対どうしではなく、同じ人の中に並んでいたにゃ。
研究チームは、空想を「中身」で判断するより、その空想が本人を苦しめていないか、同意のない相手を巻きこんでいないか、という「影響」で見るべきだ、とまとめているにゃ。
これだけ多くの人が持っているのに、なぜ「私だけ」と感じるのか。研究所のねこたちは、3つの見方を並べてみたにゃ。
「多元的無知」と呼ばれる考え方があるにゃ。みんなが口に出さないと、ひとりひとりが「ほかの人はきっと違う」と思いこむ。空想は、いちばん口に出されにくい話題のひとつにゃ。だから、多数派の中にいても、自分を少数派だと感じやすいのかもしれないにゃ。
空想は満たされない願いのあらわれ、という見方は、精神分析の時代から長く語られてきた説にゃ。でも1995年に、それまでの研究をまとめた論文では、それを支える証拠は少なく、むしろ性の暮らしが活発な人ほど空想も多い傾向だったにゃ。空想があることは、何かが足りないしるしとは言えなさそうにゃ。
アメリカで4,000人あまりにアンケートをして一般向けの本を書いた心理学者は、人は空想を、自分がいま求めている気持ちに合わせて仕立てている、と見ているにゃ。そして、パートナーのいる人の空想にいちばんよく出てくる相手は、いまのパートナーだったとも書いているにゃ。ほかの人が浮かぶ日があるのも、めずらしいことではないにゃ。
最初の調査は、ネットで答えてみようと思った人たちのものだったにゃ。空想の話をしてもいい、と思える人が多く集まったのかもしれないにゃ。
そこで2017年、同じケベック州で、年齢・性別・学歴などが州の人口と同じ割合になるように選んだ1,040人に、電話やネットで聞いた調査があるにゃ。
診断の本で「普通ではない」とされてきた好みのどれかに
関心があると答えた人は、半数近く。
実際に一度でも経験した人は、およそ3分の1だった
関心がある人と、実際にした人は、ぴったりとは重ならなかったにゃ。頭の中にあることと、現実でしたいことは、別のものとして並んでいることが多いにゃ。
そしてこの調査では、電話で聞くより、ネットで聞いたほうが、関心を打ち明ける人が多かったにゃ。人の声を前にすると、言いにくくなる話なのかもしれないにゃ。
研究の人たちは、名前の出ないアンケートだから、空想のことを書けたにゃ。
いまの日本の暮らしで、だれにも見せない想像がどんな場所に置かれているのか、研究の先まで考えてみるにゃ。
好きな人の話も、彼へのぐちも、仲のいい友だちになら話せる。でも、頭の中の想像だけは、どんなに親しくても出てこないにゃ。みんながそうしているから、「私だけかも」はだれにも打ち消されないまま残る。友だちの頭の中にも、案外にぎやかな部屋があるのかもしれないにゃ。
ゆだねる空想がふっと浮かんで、あとで「私、ほんとうはこういうのが好きなの?」と落ちこむ人もいるかもしれないにゃ。研究でも、ゆだねる空想を書いた女性のおよそ半分は、「現実では望まない」と書き添えていたにゃ。空想は、いつでも自分で止められる場所。思い浮かべることと、現実にされたいことは別にゃ。
空想は、ずっと自分だけのものにしておいてかまわないにゃ。もし相手に話したくなったら、「こうしてほしい」より「こういうの、ちょっと気になる」くらいから。相手の「それはいや」も、同じ重さで受けとるのが前提にゃ。逆に、相手の空想を聞いてしまったときも、それがそのまま「あなたにしてほしいこと」とはかぎらないにゃ。
浮かんだ想像に、自分でびっくりしたとき。あなたはどうすることが多い?

55種の空想を、
持っている人の割合で並べて、
いちばん下に「珍しい」の線を引く。
その線の下に残ったのは、
2つだけだったにゃ。
どちらも、「いいよ」と言えない相手が
出てくる空想だったにゃ。
数で引いた線と、同意の線が、
ここでは同じところを
通っていたにゃ。
その線より上では、
おだやかな空想も、
人に言いにくいと思われがちな空想も、
どれも、ほかのだれかと
同じものだったにゃ。
ケベック州の大人に聞いた数字にゃ。
日本で、あなたのまわりで数えたら、
割合は少し違うかもしれないにゃ。
それでも、線の引き方は
持ち帰れる気がするにゃ。
空想をはかるのは、
「どれくらい変わっているか」より、
だれかを傷つけていないかのほう。
研究チームのまとめも、
そちらを向いていたにゃ。
空想は、
鍵のかかる
小さな部屋にゃ。
ずっと鍵をかけておいてもいい。
だれかを招いてもいい。
ただ、その部屋に入れるのは、
「いいよ」と言ってくれた人
だけにゃ。
猫の国は、優しい人のための場所にゃ。
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