
…心を支える仕事をめざす学生に、子どものころを聞いた研究があるにゃ。
こんなやりとり、
覚えがあるにゃ?
人の顔色の変化には、すぐ気づく。
頼まれる前に、手が出る。
でも自分のことを聞かれると、
何を話せばいいのか、わからなくなる。
ふり返ると、子どものころの家でも
同じ役をしていた気がする。
親の話を聞いたり、
きょうだいの面倒を見たり。
「そういう子が、人を助ける仕事を選ぶ」
という話、聞いたことがあるにゃ。
ほんとうなのかにゃ。
子どもが、本来は親が受け持つ役を引き受けることを、心理学では親子の役割逆転と呼ぶにゃ。
家事やきょうだいの世話のような、目に見える役もある。親の愚痴を聞いたり、親の機嫌を整えたりする、気持ちの役もあるにゃ。
心理学者のニクチェヴィッチさんたち(2007年)は、イギリスの学生166人に、子どものころのことを聞いたにゃ。
くらべたのは3つの組。心の支援の仕事(臨床)をめざす心理学の学生40人、臨床はめざさない心理学の学生35人、経営学の学生91人にゃ。
聞いたのは、子どものころ家で世話役をしていたか、つらい経験はあったか。それから、いまの不安や落ち込みのことにゃ。
臨床をめざす学生の、いまの不安や落ち込みは、どうだったと思う?
臨床をめざす学生は、
14〜16歳ごろに家で世話役をしていた経験を、経営学の学生より多く答えた。
子どものころのつらい経験も、
ほかの2つの組より多く答えた。
いまの不安や落ち込みは、
3つの組で差がなかった。
14〜16歳は、中学から高校にかけての年ごろにゃ。自分の進路や友だちのことで頭がいっぱいの時期に、家の中の役も持っていた。そういう人たちが、心を支える仕事のほうへ歩いていたにゃ。
もうひとつ大事なのは、いまの気持ちに差がなかったことにゃ。子どものころに背負ったものがあっても、いまもつらいとは限らないにゃ。
ただ、これは「世話役だった子は、みんな助ける仕事につく」という話じゃないにゃ。166人の答えをくらべて見えた、ゆるい傾きにゃ。経営学を選んだ学生の中にも、家で世話役をしていた人はいたかもしれないにゃ。
心の支援の仕事を選ぶわけについて、研究者たちは2つの説明を挙げているにゃ。どちらも、まだ説の段階にゃ。
自分が苦しかったことを、わかりたい。同じように苦しい人の力になりたい。その気持ちが、仕事選びにつながるという見方にゃ。
人の気持ちに先回りして気づき、手を出す。家で長く続けてきた役は、外に出ても続きやすい、という見方にゃ。
説明②には、古い根があるにゃ。愛着の研究で知られるイギリスの精神科医ボウルビィは、1970年代から80年代の著作で、子どものころに親の世話をして育った人が、大人になっても人の世話をやめにくい姿を「強迫的な世話焼き」と呼んだにゃ。
世話をしているあいだは、相手とつながっていられる。小さな子にとって、それは親のそばにいるためのいちばん確かな方法だった、という見方にゃ。人を集めて確かめた結果ではなく、臨床の観察から組み立てられた考えにゃ。
「強迫的」という言葉は重たいけれど、責める言葉じゃないにゃ。やめられないのは意志が弱いからではなく、それがかつて自分を守ってくれたから、と読むこともできるにゃ。
別の研究では、カウンセラーをめざす学生は、ほかの心理の仕事をめざす学生より、母親から受けた世話が少なかったと答えていたにゃ。そのいっぽうで、「人の世話なら、うまくやれる」という自信は強かったにゃ。
受け取るより先に、与えるほうを覚えた。そんな育ち方もあるのかもしれないにゃ。
2011年に、親子の役割逆転と、大人になってからの心の不調との関係を調べた12の研究を、まとめて分析した人たちがいるにゃ。あわせて2,472人分にゃ。
結びつきの強さのものさし(相関係数)で、0 は「まったく関係なし」。0.1 が「小さい」、0.3 が「中くらい」、0.5 が「大きい」の目安にゃ。0.14 は小さいけれど、たくさんの研究で同じ向きに出た、確かな結びつきだったにゃ。
ゼロではない。でも、その後の人生を決めてしまうほどの大きさでもないにゃ。
2023年に95の研究を読みくらべたまとめでは、世話役を経験した子の中に、うまく乗りこえる力を身につけた子もいたにゃ。その後を分けていたもののひとつは、まわりに支えがあったか、その役から得たものを感じられたか、だったにゃ。
研究の学生たちは、大人になってから、子どものころの家のことを聞かれたにゃ。
いまの日本の子どもたちには、そのころの自分を呼ぶ言葉があるにゃ。
国がはじめて中高生に聞いた調査で、世話をしている家族が「いる」と答えたのは、中学2年生の5.7%、全日制の高校2年生の4.1%だったにゃ。その子たちの3人に2人ほどは、そのことをだれにも相談したことがなかったにゃ。
2024年には、家族の世話を過度にしている子ども・若者(ヤングケアラー)が、支える対象として法律に書かれたにゃ。
いま大人の人が子どもだったころ、この言葉は広まっていなかったにゃ。ニュースで聞いて、はじめて「あれは、お手伝いじゃなかったのかも」と気づく人もいるかもしれないにゃ。調査はそこまで聞いていないけれど、気づいて少し楽になる人も、胸がざわつく人もいると思うにゃ。
国の説明では、境目のひとつは「遊びや勉強の時間が奪われていないか」にゃ。手伝いそのものが悪いわけじゃないにゃ。研究のまとめでも、支えがあったかどうかで、その後が分かれていたにゃ。
「ありがとう」と言われて、終わったら子どもに戻れる時間がある。それが、お手伝いの側にとどまる目印かもしれないにゃ。
子どものころ、家でのあなたの役に近いのはどれ?

カウンセラーをめざす学生たちの答えには、
細いところと、太いところがあったにゃ。
子どものころ、母親に
世話をしてもらった覚えは、
ほかの学生より少なかった。
それなのに、
「人の世話なら、うまくやれる」という
自信は強かった。
世話をする側の練習は、
家の中で何年も積んできた。
世話をされる側の練習は、
あまりなかった。
人のことにはすぐ手が出るのに、
自分の話になると言葉が出てこない。
それは性格というより、
練習の回数のちがいに
近いのかもしれないにゃ。
2023年のまとめで、
その後を分けていたもののひとつは、
まわりに支えがあったかだったにゃ。
支えは、手を出す側にいるあいだは、
なかなか受け取れないものかもしれないにゃ。
32人ずつの学生の答えと、
たくさんの研究の読みくらべを、
ねこたちがつないでみた読み筋にゃ。
小さな子が見つけた
「いちばん確かな方法」を、
裏側から読んでみるにゃ。
世話をされるあいだも、
人は、ちゃんと
つながっているにゃ。
お茶をいれてもらう。
荷物を半分持ってもらう。
話を、最後まで聞いてもらう。
そのあいだ、相手の手は
あなたのほうを向いているにゃ。
あの家で少なかったのは、
その向きで過ごす時間だったのかもしれないにゃ。
猫の国は、優しい人のための場所にゃ。
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