
…許しを研究した人たちのところでは、許しは何か月もかけて、ゆっくり進んでいたにゃ。
言っている人は、たぶん心配してくれているにゃ。
でも、聞いたとたんに胸がつまる。
許せない自分が、
また少し悪者になった気がするにゃ。
許しって、ほんとうに
「家族だから」でできるものなのかにゃ。
アメリカのウィスコンシン大学で、リードさんとエンライトさん(2006年)が向き合ったのは、夫から精神的な虐待を受けていた女性20人にゃ。
みんな、もう相手とは別れていたにゃ。別れて2年以上、平均すると5年。それでも、関係が終わったあとに心の傷が長く残ることがある。研究はそこから始まっているにゃ。
条件の似た人どうしを組にして、くじで2つの面談に分けたにゃ。どちらも専門家とひとりずつ会う面談で、かかった期間は平均8か月にゃ。
傷つけた相手を許すことに、段階を踏んで取り組むにゃ。
怒りはもっともだと認める。言いたいことを言う練習をする。人とのつきあい方の力をつけるにゃ。
うつや不安が、より軽くなったのはどっちの組だと思う?
許しに取り組んだ組のほうが、
うつ・不安・トラウマの症状が
より軽くなり、自尊心も上がっていた
面談が終わってしばらくたっても、よくなった分は続いていたにゃ。
ここで気をつけたいのは、彼女たちが「許したい」と自分から選んだわけではないことにゃ。どちらの面談になるかは、くじで決まっていたにゃ。
だからこの研究は、「自分で選んだ許しが効く」と言っているわけではないにゃ。わかったのは、相手と離れて安全になってから、専門家と一対一で、何か月もかけて取り組んだ許しは、回復の助けになったということにゃ。
それに、このプログラムでいう「許し」は、ふだん私たちが思う「許す」と少しちがうにゃ。考えた人たちは、許しをこう区別しているにゃ。
されたことは悪かった、と認めたままにゃ。言い訳を受け入れることとは別のものにゃ。
覚えたままでいいにゃ。変わるのは、思い出したときの心の痛み方のほうにゃ。
許しても、相手のそばに戻るとはかぎらないにゃ。戻るかどうかは、相手が信頼できる人になったかどうかにかかっているにゃ。
このプログラムは、いきなり許すところから始まらないにゃ。
まず、何をされて、どれだけ傷ついて、どれだけ怒っているのかを、ひとつずつ見つめていく。許すことに取り組むと決めるのは、そのあとにゃ。
有力な考え方のひとつは、相手への怒りを何年も抱え続けること自体が、心を疲れさせる、というものにゃ。ここでの許しは、相手のためというより、その重さを少しずつ降ろす作業として扱われていたにゃ。
法事の帰りの「もう許しなよ」には、この最初の段階がないにゃ。怒りを見つめる前に、蓋をするように聞こえるのは、そのせいかもしれないにゃ。
20人は、とても小さな研究にゃ。2014年に、許しのプログラムを調べた54の報告をまとめた分析では、プログラムには効果があり、時間をかけたものや一対一のもののほうが、許しが進んでいたにゃ。
でも、許しがいつも心を助けるとはかぎらないにゃ。
2010年に、アメリカで新婚の夫婦を5年間追いかけた調べと、いくつかの実験をまとめて報告した研究があるにゃ。見ていたのは、許したあとに「自分を大事に思う気持ち」がどうなるか、にゃ。
謝ったり、行いを改めたりして、「この人のそばにいても大丈夫」と思えるときは、許すことで自分への敬意が上がったにゃ。
償いがないまま許すと、自分への敬意が下がり、「自分がどんな人なのか」もぼやけていったにゃ。
研究者たちは、これを「玄関マット効果」と名づけたにゃ。踏まれても、そこに敷かれたままのマットのように。
同じ許しでも、相手が何をしているかで、自分への響き方が変わるにゃ。
研究の女性たちは、相手と別れて平均5年たっていたにゃ。相手は、もう暮らしの外にいたにゃ。
親やきょうだいだと、そうはいかないことが多いにゃ。
通院のつきそい、介護の相談、実家の片づけ、法事。離れて暮らしていても、「家族だから」と役目がまわってくるにゃ。そのたびに「もう許したら?」が、また聞こえてくるかもしれないにゃ。
研究の許しは、専門家と一対一で、平均8か月かけて進んだにゃ。親戚の「もう許しなよ」は、数秒で終わる。同じ「許す」という言葉でも、中身の重さがまるでちがうにゃ。
いまは「毒親」という言葉も広まって、「許さなくていい」という声も届きやすくなったにゃ。それに救われる人も、きっと多いにゃ。でも、ふと許したくなった自分を「甘い」と責めはじめたら、それもまた別の「〜すべき」かもしれないにゃ。
研究の女性たちは、相手と別れて5年たっていたにゃ。親と同居している、きょうだいに今も責められている、という人には、その「離れていること」がまだないにゃ。許すかどうかは、そのずっと先の話。いまは、自分を守るほうが先にゃ。ひとりで抱えずに、信頼できる人やニャンタル、専門家に話していいにゃ。
許せと言う声も、許すなと言う声も、外から来るにゃ。どちらの声よりも、いまの自分の気持ちのほうを先に聞いていいにゃ。
いまのあなたの気持ちに、いちばん近いのはどれ?

研究の女性たちのところにあって、
法事の帰り道になかったもの。
ねこたちは、それを数えてみたにゃ。
ひとつは、離れていること。
相手と別れて、平均5年たっていた。
ひとつは、時間。
8か月ほどかけて、面談を重ねていた。
もうひとつは、いっしょに見る人。
一対一でつきあう専門家がいたにゃ。
帰り道の「もう許しなよ」は、
相手がまだ同じ輪の中にいるまま、
数秒で終わって、
言った人は聞き役でもなかったにゃ。
三つとも、ない。
そこで許せないのは、
心のせまさの話というより、
帰り道のほうの足りなさに
見えるにゃ。
もうひとつ、相手の側に
要るものもあったにゃ。
謝ること。行いを改めること。
それがないまま許した人は、
自分のほうがすり減っていたにゃ。
いまも傷つけられ続けているなら、
ひとつめの「離れていること」が
まだないにゃ。
許すかどうかは、
それよりずっとあとの話にゃ。
数えたのは、元の夫と別れた
20人の研究からにゃ。
家族にそのまま重なるかは、
この研究だけでは言えないにゃ。
「もう許しなよ」は、
許しのいちばん最初を
とばしている。
最後の「…。」に、
一行入れるとしたら。
「許さない」でも
「許した」でもなく、
「いま、怒っているところ」。
研究の許しも、
そこから始まっていたにゃ。
許すかどうかは、
そのずっと先で、
あなたが決めることにゃ。
猫の国は、優しい人のための場所にゃ。
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