
…響いていたのは、多さでも少なさでもなく、「のぞむ数」と「実際の数」の開きだったにゃ。
こんな会話、ないにゃ?
もっとしたい人と、いまはいい人。
話すほど、どちらかが
「悪いほう」になっていくにゃ。
でも、つらさの正体は、
ほんとうに回数の少なさなのかにゃ。
アメリカのブリガムヤング大学で家族の研究をしているウィロビーさんたち(2014年)は、結婚している1,054組の夫婦に、インターネットのアンケートに答えてもらったにゃ。夫も妻も、それぞれ別に答えているにゃ。
聞いたのは、どのくらいの回数でしたいか。実際には、どのくらいしているか。それから、ふたりの関係への満足、この先も続いていきそうか、話し合えているか、ケンカは多いか。
この「のぞむ回数」と「実際の回数」の開きを、研究者たちは欲求のずれと呼んで、関係とのつながりを見たにゃ。
ふたりの「したい」がちがっても、実際の回数はひとつしかないにゃ。だから、どちらかが、のぞむ数とずれたまま暮らすことになりやすいにゃ。
結婚して年数がたつと、この「ずれ」と関係の悪さのつながりは、どうなっていたと思う?
のぞむ回数と実際の回数が離れている人ほど、
関係への満足が低く、
この先も続いていくという気持ちが弱く、
ケンカが多かった
結婚している夫婦
大事なのは、研究者たちが実際の回数や、したい気持ちの強さ、ふたりの「したい」の差を考えに入れても、このつながりが残ったことにゃ。
「月に何回だから大丈夫」「何か月ないからもうだめ」とは、数だけでは言えないということにゃ。月1回でふたりとも落ち着いている家もあれば、週1回でも、どちらかがさみしさを抱えている家もあるにゃ。
もうひとつ。自分のずれだけでなく、相手のずれも、いくつかの面で同じ向きにつながっていたにゃ。片方が抱えているずれは、もう片方の暮らしにも届いているにゃ。
そして、夫のほうのずれが大きいとき、ふたりの話し合いがとくにうまくいっていなかったにゃ。言葉にしにくいずれほど、ほかの会話まで細くしてしまうのかもしれないにゃ。
研究は、なぜそうなるのかまでは確かめていないにゃ。よく挙げられる説明のひとつは、ずれが続くと、ふたりの役が決まってしまう、というものにゃ。
誘うのは、いつも自分。断られるたびに、「魅力がないのかな」「もう好きじゃないのかな」と、回数の話が自分の価値の話にすりかわっていくにゃ。
誘われるたびに、申し訳なさとプレッシャーがやってくる。断ることが続くと、ふれあいそのものを避けたくなっていくにゃ。
アメリカの夫婦療法家デビッド・シュナークさんは、2009年の本の第1章に「欲の少ないほうは、いつもいる。そして、欲の少ないほうが、いつも回数を決める」という題をつけたにゃ。
意地悪や出し惜しみで決めているわけではない、と彼は話しているにゃ。一方が誘い、もう一方がどれに応えるかを選ぶうちに、自然とそうなる。そこで誘う側がもっと強く押すほど、かえって閉じていく。だから彼は、相手の返事に自分の価値をまるごと預けず、自分の気持ちを自分でなだめる力を育てることをすすめているにゃ。
これは人を集めて確かめた結果ではなく、たくさんの夫婦を見てきた臨床家の見立てにゃ。それでも、どちらも悪くないままこじれていく道すじとして、読んでほっとする人は多いと思うにゃ。
2020年に、ヨーロッパ性医学会の専門家たちが、このずれについての見解をまとめたにゃ。研究がまだ少なく、確かな証拠にもとづいた勧告は出せない、と自分たちで書いたうえで、セラピーの現場の専門家の意見として示したものにゃ。
ずれに悩むカップルにすすめていることから、3つを並べるにゃ。
したい気持ちには、もともと人によって差があり、年齢や時期でも移り変わる。そのばらつきを、ふつうのこととして扱うにゃ。
ずれは、ふたりのあいだで起きるもの。年齢にも関わり、比べる相手しだいで決まるもの、と見ているにゃ。あなたが「少ないほう」なのは、いまの相手と並べたときの話にゃ。
性のことを話せるようにして、ふたりとも満足できる進め方をいっしょに探す。それとあわせて、自分ひとりの望みも探していい、としているにゃ。
したい気持ちが急に変わった、ふれられるのがつらい、というときは、体調や気分の落ちこみ、飲んでいる薬などが関わっていることもあるにゃ。そんなときは、専門家に相談していいにゃ。
2012年に、アメリカの大学に通う男女のカップル133組を調べた研究があるにゃ。つきあって1年以上、平均で4年あまりのカップルにゃ。こちらは、ふたりの「したい」の強さの差を見ているにゃ。
差が大きいほど、女性は性生活への満足が低く、
男性は関係全体への満足が低い傾向があった。
ただ、同じカップルの中で比べると、
男女の響き方に、はっきりした差はなかった
女性だけ、男性だけがつらいのではなく、ふたりともに響いていたにゃ。研究者たちは、欲の少ないひとりにばかり目を向けるのをやめて、ふたりのやりとりのほうを見よう、と書いているにゃ。
別の研究でも、性のことをふたりでうまく話せている人ほど、性生活への満足が高く、そのぶんずれを小さく感じていたにゃ。
研究の夫婦は、名前の出ないアンケートに、ひとりずつ「のぞむ回数」と「実際の回数」を書いたにゃ。
いまの日本の家で、自分ののぞむ数を、相手に言ったことがある人はあまりいないかもしれないにゃ。数は言わないまま、「誘った」「断った」だけが積み重なっていくにゃ。
いまは「レス」ということばが、雑誌でも漫画でも友だちとの話でも、すっかりふつうになったにゃ。「何か月ない」で、自分たちをはかりやすくなった。
でも研究で響いていたのは、少なさより、のぞむ数との開きのほうにゃ。「うちはレスだから」の前に、「ふたりは、それぞれどのくらいがいいんだろう」と考えてみる手もあるにゃ。
誘うのは、いつも同じ人。もう一人は、誘われそうな夜には先に布団に入って、寝たふりをする。手にふれられただけで「その先」を思って身構えるようになると、ふれあいそのものが減っていくにゃ。量のずれの話が、いつのまにかふれない暮らしになっていることもありそうにゃ。
「今日はしない。でも、もう少しここで話してたい」「今週は無理。週末の朝なら」。断るほうは、できることをひとつ添える。誘うほうは、「したい」以外の近づき方の日もつくる。専門家たちのいう「台本を書き直す」は、こんな小さな言いかえから始まるのかもしれないにゃ。
ふたりの「したい」の量について、いまのあなたにいちばん近いのは?

誘っては断られるほうは、
「わがままなのかな」と思い、
断ってばかりのほうは、
「冷たいのかな」と思う。
どちらも、こっそり
自分を「悪いほう」の候補に
入れているのかもしれないにゃ。
1,054組の答えで、
ねこたちが目をとめたのは、
ずれが本人の外まで
届いていたことにゃ。
ひとりが抱えている開きは、
いくつかの面で、
もう片方の暮らしにも響いていた。
別の研究では、男女のどちらかだけが
つらいわけでもなかったにゃ。
研究が見たのは、
開きと、満足の低さやケンカの多さが
いっしょに並んでいたところまで。
ここからは、ねこたちの想像にゃ。
ずれは、どちらかひとりの
欠けたところではなく、
ふたりのあいだにできた
段差のようなものかもしれない。
消えない段差の前でも、
いっしょに困ることはできるにゃ。
アンケートが、
ひとりずつに聞いたことにゃ。
のぞむ数と、
実際の数。
のぞむ数は、ふたりでふたつ。
実際の数は、ひとつだけ。
研究者たちが数えたのは、
そのあいだの開きで、
「どちらが悪いか」は
数えていなかったにゃ。
あなたが答えるなら、
どんな数になるかにゃ。
あの人なら、どう答えるだろう。
猫の国は、優しい人のための場所にゃ。
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