
…同じ女性でも、相手との過ごし方で答えが変わっていたにゃ。
こんなふうに思ったこと、ないにゃ?
女性は達しにくいもの。
体のつくりだから、しかたない。
そう言われると、
「じゃあ、私の体の問題なんだ」と
ひとりで飲みこんでしまうにゃ。
ほんとうに、体だけの話なのかにゃ。
アメリカの心理学者フレデリックさんたち(2018年)は、アメリカの大人52,588人の答えを分析したにゃ。異性愛の男女がほとんどで、ゲイの男性、レズビアンの女性、両性愛の人たちも含まれていたにゃ。
聞いたのは、この1か月、ふれあいのときに、どのくらい達したか。それから、ふたりの過ごし方や関係のことを、30以上。
「たいてい・いつも達する」と答えた人は、異性愛の男性で95%、異性愛の女性で65%。この30ポイントの差が、「オーガズム・ギャップ」と呼ばれているにゃ。
では、女性どうしで付き合うレズビアンの女性は、どのくらいだったと思う?
「たいてい・いつも達する」
レズビアンの女性は86%、
異性愛の女性は65%
レズビアンの女性
もし「女性の体だから」だけで決まるなら、女性どうしでも同じくらい低くなりそうにゃ。でも、そうはならなかったにゃ。
差は、体の中だけじゃなく、ふたりのあいだにもありそうにゃ。
これは、どちらの付き合い方がいい、という話ではないにゃ。同じ女性でも、だれと、どんなふうに過ごすかで、答えが動く。そういう手がかりにゃ。
「私はそういう体だから」と思ってきた人にとって、この数字は、少し肩の荷をおろしてくれるかもしれないにゃ。
研究者たちは、女性のなかで、よく達する人とそうでない人の答えを見比べたにゃ。並んでいたのは、こんなことだったにゃ。
この前のふれあいに、かけた時間が長かったにゃ。
してほしいことを相手に伝えていた。相手のよかったところをほめていた。ふれあいのなかで、好きだと言葉にしていた。そして、ふたりの関係に満足していたにゃ。
深いキスや、手でふれることなど、いくつかのふれあいがまざっていた。新しいことを試すことも多かったにゃ。
これは、どちらが先かまで確かめた結果ではないにゃ。関係がいいから話せるのかもしれないし、話せるから関係がいいのかもしれない。
それでも、並んでいたのは特別な体ではなかったにゃ。時間と、言葉と、ふれ方だったにゃ。
研究者たち自身は、この差を、文化から説明する考えと、進化から説明する考えの両方に照らしているにゃ。どちらか一つで決着した話ではないにゃ。
このうち文化の側を、一般の人に向けて書いたのが、アメリカの大学で心理学を教えるローリー・ミンツさんの本(2017年)にゃ。調査の結果ではなく、研究を読みこんだ人が本で示した見立てにゃ。
私たちの文化では、挿入が「本番」で、それ以外は「前戯」、つまり準備あつかいされてきた、と彼女は言うにゃ。
でも多くの女性にとって、いちばん確かな道は、その「準備」と呼ばれてきたほうにある。だから、本番だけを本番と思っていると、片方だけが置いていかれやすい、という考えにゃ。
女性どうしの数字の高さや、よく達する女性に「いくつかのふれあいがまざっていた」ことは、この見立てとよく合うように見えるにゃ。
あなたの体が足りないのではなく、台本のほうが合っていないのかもしれない。この見立ての、いちばんほっとできるところにゃ。
痛みがある。前はそうでもなかったのに変わった。それがつらい。そんなときは、飲んでいる薬や、ホルモンの変化、体の不調が関わっていることもあるにゃ。台本のせいだと決めつけずに、婦人科など、信頼できる専門家に話してみてにゃ。
2014年、カナダの大学で、19歳前後の学生45人が、男女別の小さなグループに分かれて話し合ったにゃ。テーマは、ふたりのふれあいで女性が達しないとき、どう感じ、どう考えるか。
女性が達しないとき、
男女とも、いちばんよく出た心配は
「男性の自信が傷つくこと」だった
もうひとつ、男女の考えがそろっていたのは、役目の分け方にゃ。男性には「体の面で導く」役目、女性には「気持ちの準備をしておく」役目がある、と考えられていたにゃ。
つまり、うまくいかないと、女性のほうは「私の気持ちの準備が足りなかった」と、自分を責める道が用意されていたのかもしれないにゃ。
女性にとって達することがどのくらい大事かについては、男女で考えがちがっていたにゃ。若い学生の少人数の話し合いだけれど、ふたりのあいだで何が話されていないかが、よく見える研究にゃ。
研究に答えたのは、アメリカとカナダの人たちにゃ。日本の人に同じことを聞いた数字は、ここにはないにゃ。
それでも、いまの日本の暮らしに置いてみると、思い当たる場面がありそうにゃ。
保健の授業で習ったのは、受精のしくみや、妊娠や病気を防ぐことが中心だったにゃ。気持ちよさのことや、それが人によってちがうことは、たぶん教科書のどこにもなかったにゃ。
習っていないことがうまくいかないと、残る説明は「私の体がおかしい」くらいしかないにゃ。でもそれは、地図が半分しかなかっただけかもしれないにゃ。
相手をがっかりさせたくない。その場の雰囲気をこわしたくない。だから「よかったよ」と言う。カナダの学生たちが「男性の自信」をいちばん心配していたのと、よく似た気づかいにゃ。
やさしい返事だけど、相手は「これでいいんだ」と思ったまま、次も同じになるにゃ。調査はそこまで聞いていないけれど、ギャップが長く続く理由のひとつは、このやさしさなのかもしれないにゃ。
「そこはちがう」と言うのは、相手を責めるようで言いにくいにゃ。研究でよく達する女性たちは、相手のよかったところをほめてもいたにゃ。
「それ、好き」「もうちょっとゆっくりがいい」。注文というより、相手に渡す道しるべにゃ。言うか言わないかも、いつ言うかも、あなたが決めていいにゃ。
ふたりの時間で、あなたが「満たされた」と感じるのに、いちばん近いのは?

「私はそういう体だから」。
この説明には、
ひとつ、やさしいところがあるにゃ。
だれの自信も、傷つけないことにゃ。
カナダの学生たちが、男女そろって
いちばんよく口にした心配も、
達しなかった本人のことではなく、
彼の自信のことだったにゃ。
「よかったよ」と
「私の体のせい」は、
たぶん同じやさしさから出ている。
どちらも相手を守って、
話をそこで閉じるにゃ。
ただ、同じ女性の体で、86%と65%。
閉じた話のむこうには、
時間と、言葉と、ふれ方が
まだ残っていたのかもしれないにゃ。
調査が見たのは、
それらが並んでいたところまで。
やさしさが話を閉じる、というのは
ねこたちの読みにゃ。
それに、達することだけが
満たされた時間のしるしでもないにゃ。
よく達する女性たちに
並んでいたことの中に、
こんなものもあったにゃ。
相手の
よかったところを、
ほめていた。
ほめるのも、
相手を思うやさしさのうちにゃ。
「よかったよ」とのちがいは、
「どこが」が入っているかどうか。
「よかったよ」は、そこで話を閉じる。
「あれがよかった」は、
教科書に半分しかなかった地図の、
つづきの一本線になるにゃ。
猫の国は、優しい人のための場所にゃ。
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