🔬 猫の国 研究所
「運命の人」を信じる人ほど、
関係が壊れやすい
という研究がある
…運命を信じることが、
運命を遠ざけてるかもしれないにゃ。
「運命の人っているのかにゃ?」
この問いに、
胸の奥がきゅっとなる人は
少なくないと思うにゃ。
出会った瞬間に
「あ、この人だ」と感じた経験。
別れたあとに
「あの人が運命の人だったのかな」と
振り返ってしまうこと。
誰かを好きになるたびに
「今度こそ運命かも」と
期待してしまう自分。
でもにゃ。
心理学者のひとりが、
1990年代に、ちょっと意外な
データを出していたにゃ。
「運命の人」を信じる人ほど、
関係が短命に終わっていた
ヒューストン大学の C. Raymond Knee は、人が恋愛について持っている暗黙の信念を調べたにゃ。
彼は、人の恋愛観を大きくふたつのタイプに分けたにゃ。
「相性のいい人と悪い人がいて、それは最初から決まっている」
「合う人とは最初からうまくいくし、合わない人とは何をしてもダメ」
…という考え方にゃ。
「関係は育てていくもの」
「最初は合わなくても、努力や対話でうまくいくこともある」
…という考え方にゃ。
どちらも、誰の中にもある考え方にゃ。
「自分は完全にどっちか」じゃなくて、どっちが強いかの問題にゃ。
Knee は、この信念の強さが恋愛の経過にどう影響するかを、大学生のカップルを追跡して調べたにゃ。
結果は、ちょっと意外なものだったにゃ。
運命信念が強い人の恋愛は、
成長信念が強い人と比べて
だったにゃ。
とくに最初の印象が良かった関係は長く続いたけど、ひとたび「合わないかも」と感じると、急速に終わる傾向があったにゃ。
もう少し詳しく見ていくにゃ。
運命信念が強い人は、恋愛のスタート時点では同じくらい幸せだったにゃ。
問題は、何かが起きたあとに出てきたにゃ。
価値観のズレ、ささいな喧嘩、相手にイラっとした瞬間。
運命派は、そういう小さなノイズを
「これは違う相手だっていうサインかも」
と解釈しやすかったにゃ。
成長派は、同じ出来事を
「すり合わせる作業のひとつ」
と受け取りやすかったにゃ。
同じ出来事が、まったく別の意味に化けるにゃ。
Knee や、その後の Franiuk らの研究(2002)は、運命信念のもうひとつの特徴を見つけたにゃ。
運命派は、関係のあらゆる出来事を
「これは正しい相手か」のテストとして
読んでしまう
相手の何気ない一言にイラっとしたとき。
意見が合わなかったとき。
気持ちが冷めたように感じた朝。
…そのたびに、関係そのものが採点されるにゃ。
「これって、合わないってことかな」
「やっぱり違う人だったのかも」
…と、出来事の意味を関係全体に拡張して読みやすいにゃ。
「こういうのは、すり合わせていけばいい」
「今わたしたちは、何を学んでるんだろう」
…と、出来事を関係の文脈の中で処理しやすいにゃ。
同じ景色を見ても、持っているレンズが違うと、見える意味が変わるにゃ。
ここで誤解しないでほしいのは、運命信念が悪いという話じゃないことにゃ。
Knee の続きの研究で、おもしろいことがわかってきたにゃ。
最初から相性のいい相手と出会えた場合、
という結果も出ているにゃ。「これは運命の相手」と思える確信が、ふたりを強く結びつけるにゃ。
つまりにゃ。
運命信念は、うまくいってる時には強い接着剤になるけど、ノイズが入った時にはもろくなる、
というパターンにゃ。
一方で成長信念は、スタート時点での高揚感はちょっと少ないけど、困難に対する耐性が強いにゃ。
どちらも、人生の場面によって強みと弱みがあるにゃ。
ここでちょっと、
立ち止まってみるにゃ。
今までの恋愛で、
「合わなかったからダメだった」と
感じてきたこと、ないかにゃ?
それとも、
「すり合わせていけばよかったのかな」と
振り返ること、ないかにゃ?
…どっちが正しい、
という話じゃないにゃ。
ただ、自分がどっちのレンズで
恋愛を見ているのかを
ちょっとだけ意識してみると、
見える景色が変わるかもしれないにゃ。
レンズは、
意識すればかけ替えられるにゃ。
Knee の研究を読み込んでいくと、もうひとつ気になる含意が見えてくるにゃ。
運命を信じすぎると、
目の前の相手ではなく、
「運命の人かどうか」のラベル
を見てしまう
たとえばにゃ。
相手が疲れていてそっけなかった日。
運命派は「合わない人かも」と感じやすい。
でも本当は、ただ相手が疲れていただけかもしれないにゃ。
相手が違う意見を持っていたとき。
運命派は「価値観が違う」と感じやすい。
でも本当は、ただの違いを、対話で埋められたかもしれないにゃ。
運命というレンズは、
目の前の生身の相手を
「正解か不正解か」のクイズに
変えてしまうことがあるにゃ。
…そしてクイズには、終わりがあるにゃ。
ここまでのデータを並べて、
研究所が思ったことにゃ。
「運命の人」って、
ロマンチックで、
人生を意味づけてくれる言葉にゃ。
それを信じる気持ちは、
まったく否定したくないにゃ。
ただ、研究が静かに教えてくれているのは、
*運命を信じる強さと、
相手を見つめる柔らかさ*は
別ものかもしれない、ということにゃ。
「運命の人ならわかってくれるはず」
「運命の人なら傷つけないはず」
「運命の人なら最初から合うはず」
…というテストを続けていると、
目の前の人が
採点される対象になってしまうにゃ。
運命派と成長派、
どちらが正しいという話じゃないにゃ。
大事なのは、
自分がどっちのレンズをかけて
恋愛を見ているのかに、
ときどき気づくことかもしれないにゃ。
もちろん、研究が示しているのは
統計的な傾向であって、
すべての人やすべての関係に
同じように当てはまるわけじゃないにゃ。
運命を信じることで
大切な人と巡り合えた人もいるし、
運命を疑うことで
大切な人を見落とした人もいるかもしれないにゃ。
研究を踏まえて、ひとつの読み替えを置いてみるにゃ。
運命の人は、
どこかで見つけるものではなく、
ふたりで育てていくもの
なのかもしれない
出会った瞬間に「運命だ」と感じることもあるかもしれない。
でもその確信は、すり合わせの時間を経て、あとから本物になることもあるにゃ。
逆に、最初は「ちょっと違うかも」と思っても、対話を重ねるうちにこの人でよかったと思えることもあるにゃ。
運命は、最初に与えられているものじゃなくて、ふたりで作っていくもの——
そんな読み替えが、もしかしたら誰かの肩を軽くするかもしれないにゃ。
「運命の人」を信じる強さは、
ときに関係をもろくする。
「育てていける」と信じる柔らかさは、
ときに関係を長く保つ。
…研究が教えてくれるのは、
そんなちょっと意外な話だったにゃ。
あなたが今、
どちらのレンズで誰かを見ているとしても、
それは間違いじゃないにゃ。
ただ、
別のレンズもあると知っているだけで、
見える景色が少し変わるかもしれないにゃ。
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