
…楽になるかどうかは、涙の量より「泣いたあと」で分かれていたにゃ。
泣いたら、すっきりする。
よくそう言うにゃ。
なのに、泣いても泣いても
軽くならない夜もあるにゃ。
涙って、ほんとうに
何かを外に流してくれているのかにゃ。
心理学者のビルスマさんたち(2008年)は、大人の涙を世界じゅうで調べてきた調査のデータを使ったにゃ。35か国で集めた答えのうち、この1年に泣いたことのある18〜28歳の学生4,249人(30か国)を分析したにゃ。
聞いたのは、いちばん最近泣いたときのこと。何がきっかけだったか、どこで、何時ごろ、だれがそばにいて、その人はどうしてくれたか。どうやって泣きやんだか。
そして、泣いたあと、気持ちと体は泣く前より楽になったか、同じか、悪くなったか。
泣いたあと、気持ちが「楽になった」と答えた人は、どのくらいだったと思う?
「泣いたのに、すっきりしない」。それは、ふたりにひとりが経験していることだったにゃ。泣き方が下手なわけでも、泣き足りないわけでもなさそうにゃ。
ちなみに、泣いた場所でいちばん多かったのは家(62%)、時間は夜10時から12時(35%)。冒頭の11時23分の涙は、たくさんの国の若い人にとって、いちばんよくある涙だったにゃ。
そばの人が、言葉や腕でなぐさめてくれた
「わかるよ」と受けとめてもらえた
泣いているうちに、起きたことの見え方が変わった
泣いたあと、状況がよくなった
こらえて、途中で止めた
恥ずかしさで止まった
人に見られていた
きっかけのあと、ずっと泣き続けていた
そばにいる人の数でいうと、ひとりだけいるときがいちばん楽になりやすく、ふたり以上になると楽になりにくかったにゃ。なぐさめは、一対一のほうが届きやすいのかもしれないにゃ。
泣きやんだ理由も聞いているにゃ。ここに、ダムのたとえとはちがう結果が出ていたにゃ。
色のついた理由で止まった涙ほど、気持ちが楽になっていたにゃ。「出尽くした」「恥ずかしくなった」「見られていた」で止まった涙は、楽になりにくかったにゃ。
ダムの水を出し切れば軽くなる。そう考えると、「涙が出尽くした」はいちばん楽になる止まり方のはずにゃ。
でも実際に楽になっていたのは、なにかが変わって止まった涙のほうだったにゃ。気持ちが落ち着く、なぐさめてもらう、見え方が変わる。長く激しく泣いたときほど、体はむしろ楽になりにくかったにゃ。
泣くと心が洗われる、という考えは、古代ギリシャの哲学者の時代からあるにゃ。100年あまり前の精神分析の医師たちも、出せなかった気持ちが涙といっしょに出ていく、と考えたにゃ。「感情のダム」も、この水のたとえの仲間にゃ。研究で確かめた結果というより、人が長く使ってきたたとえにゃ。
アメリカの生化学者が、玉ねぎで出た涙と悲しい映画で出た涙を比べて、感情の涙にはストレスに関わる物質が多い、と報告したにゃ。そこから「泣くとストレス物質が体の外に出る」という説が広まったにゃ。
ただ、この結果は、その後の研究で確かめられていないにゃ。涙の量はほんのわずかで、外に出す仕組みとしては小さすぎる、と涙の研究者たちは話しているにゃ。涙で何かを出したから楽になる、という効き目は示されていないにゃ。
泣いている人の体を測ると、心臓が速くなり、汗も出るにゃ。そのいっぽうで、呼吸はゆっくりになっていく。高ぶりより落ち着きのほうが長く続くので、あとに「すっきり」が残るのかもしれない、と研究者たちは考えているにゃ。
ただ、泣くから落ち着くのか、落ち着きはじめたから涙が出るのかは、まだわかっていないにゃ。
この研究にも加わったオランダの心理学者は、人の涙はまわりに助けを求める合図として育ってきた、という考えを本にまとめているにゃ。そう考えると、なぐさめてもらえた涙が楽になりやすく、見られて恥ずかしかった涙が楽になりにくいのも、つじつまが合うにゃ。合図が受けとってもらえたかどうか、の差にゃ。
精神科医が本で示した考えに「耐性の窓」があるにゃ。気持ちが動いても、感じたり考えたりしながら持ちこたえられる幅のこと。上に外れると気持ちがあふれて止まらず、下に外れると何も感じなくなる。眠れない日や、つらいことが重なったあとは、この窓が狭くなりやすい、と臨床家たちは説明しているにゃ。
研究で測った結果ではなく、治療の場で使われる地図のような考えにゃ。それでも、コップ一つで涙があふれる夜の感じを、うまく言い当てているにゃ。
小さな気持ちに名前がつかないまま重なって、最後のひと雫であふれる。臨床ではよく語られる見立てで、たまった量を測った研究があるわけではないにゃ。
ただ、自分の気持ちに名前をつけるのが苦手な人ほど、泣いたあとかえってつらくなりやすい、という報告はあるにゃ。泣いているうちに「ああ、さみしかったんだ」とわかる。その見え方の変わり目が、涙を楽な涙にしているのかもしれないにゃ。
「最後に泣いたとき」を思い出して答えると、楽になったほうを覚えていやすいかもしれないにゃ。
そこで同じ研究のチームは2011年に、大学に通う女性97人に、40〜73日のあいだ毎晩、その日の涙と気分を日記につけてもらったにゃ。記録された涙は、ぜんぶで1,004回。
その晩に書いてもらうと、「楽になった」は思い出して答えたときより少なめだったにゃ。
もうひとつ見えたのは、泣いた日の気分が、その2日前から下がっていたことにゃ。泣いた日も、そのあと2日も、気分は低めのままだったにゃ。
涙は、なにもない日に突然やってくるより、しんどい数日の途中に出てくることが多いみたいにゃ。ここでも、ひとりだけそばにいるときの涙のほうが、楽になりやすかったにゃ。
理由のわからない涙が何週間も続いて、眠りや食欲まで変わってきたときは、心の疲れや、ホルモンの変化など体の調子が関わっていることもあるにゃ。泣き方の問題として抱えこまずに、信頼できる人やニャンタル、専門家に話してみてにゃ。
研究の学生たちが答えたのは、1990年代の後半からはじまった調査にゃ。
いまの日本では、涙はちょっとした健康法のようにも語られているにゃ。泣ける動画のまとめがあって、わざと泣いてすっきりする「涙活」という集まりもあるにゃ。
紹介の文で「涙がストレスホルモンを外に出す」と書かれていることがあるけれど、それは1980年代の説のままにゃ。悲しい映画を観てもらう実験では、泣いた人のほうが、泣かなかった人より、観た直後の気分が沈みがちだったにゃ。
泣ける動画が悪いわけじゃないにゃ。研究の結果に沿うなら、楽になるかどうかは涙の量より、観たあとに「よかったね」と話せる相手がいるか、自分の何かと重なって見え方が変わるか、のほうにかかっているのかもしれないにゃ。
人前で泣けない場所で、個室にかけこんで、音を立てないように泣く。目の赤みが引くのを待って、席に戻る。研究で楽になりにくかったのは、こらえた涙、人に見られて止めた涙、恥ずかしさで止めた涙だったにゃ。
そこで泣いたことが悪いわけじゃないにゃ。ただ、あの涙は途中で止めた涙。その夜、家で続きを泣ける時間があると、ちがうのかもしれないにゃ。
研究でいちばん楽になりやすかったのは、そばにひとりだけいて、なぐさめてくれたときにゃ。夜11時の部屋には、その人がいないことも多いにゃ。
いまは、長い説明なしで「さっきちょっと泣いた」と一人に送ることもできるにゃ。文字で届くなぐさめが、隣にいる人の腕と同じように効くのかは、調査はそこまで聞いていないけれど、「受けとってもらえた」の手ごたえは、画面ごしでもあるはずにゃ。
泣きそうになったとき、あなたはどうすることが多い?

涙は、たまった水を流す放水口。
そう思っていると、
泣いても軽くならない夜に
「まだ出し切れていない」と、
もっと泣こうとしてしまうかもしれないにゃ。
ところが、「涙が出尽くした」で
止まった涙は、
楽になりにくいほうに入っていたにゃ。
楽になった涙のそばにあったのは、
なぐさめてくれたひとりや、
「そういうことだったのか」という
見え方の変わり目。
涙は、水を抜くものというより、
なにかが変わるまでの
つなぎの時間なのかもしれないにゃ。
ねこたちの読みは、ここまでにゃ。
合図と考える研究者もいれば、
ほかの読み方をする人もいるにゃ。
それに、あなたの涙には、
あなたにしかわからない事情があるにゃ。
毎晩の日記が、見せてくれたことにゃ。
コップは、きっかけ。
涙のわけは、
二日前から
はじまっていたのかも。
泣いた日の気分は、
その二日前から下がっていたにゃ。
なんでもないことで
涙が出た夜の、手前の二日間。
よく眠れていたか。
だれかと、ちゃんと話せていたか。
わけがひとつ見つかると、
「こんなことで」の涙が、
「この二日ぶん」の涙に
見えてくるかもしれないにゃ。
猫の国は、頑張りすぎた人のための場所にゃ。
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