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脳のふしぎ

「なにしに来たんだっけ」は、ドアをくぐったとたんに起きていた?

…自分の手で運んでいる用事でも、部屋を移ると、少しこぼれやすくなっていたにゃ。

この研究を一枚で
問い
部屋から部屋へ移ると、さっきまで覚えていたことを忘れやすくなる? 画面の中だけでなく、本物の部屋でも起きる?
どこで
アメリカ・ノートルダム大学の研究室の、本物の3つの部屋。大学生60人(Radvansky ほか 2011)
どうやって
色つきの積み木6つを箱に入れてふたをし、同じ部屋の向こう側か、ドアの先の隣の部屋まで運ぶ。2分間の計算のあと、箱の中身を当てる。ひとりが両方の歩き方をした
わかったこと
ドアをくぐったあとのほうが、間違いが少し多かった(入っていた積み木を「入っていない」と答えた割合 23%→28%)。画面の中の実験では、元の部屋に戻っても思い出しやすくはならなかった
その後の研究
2021年にオーストラリアで4つの実験をした研究では、はっきりした差は出なかった。数を逆にかぞえながら移動したときだけ、ドアのあとに間違いが増えた

こんなこと、ないにゃ?

「あ、はさみ」と思って、ソファから立ちあがる
(廊下を通って、台所へ)
……あれ。なにしに来たんだっけ
とりあえず冷蔵庫を開けて、閉める
(最近こういうの、増えた気がする。年かな…)

ついさっきまで、
ちゃんと覚えていたはずなのに。

うっかりなのか、年のせいなのか。
小さく自分を責めたくなるにゃ。

この「あれ?」を、
わざと起こしてみた研究者たちがいるにゃ。

🧪 研究 本物の部屋で、箱を運ぶ

積み木を箱に入れて、
隣の部屋まで運んだ

じつはこの「ドアで忘れる」は、2006年に、アメリカのノートルダム大学の研究室が、画面の中の部屋で見つけていたにゃ。大きなスクリーンに映した部屋から部屋へ、物を運んでいく、ゲームのような実験にゃ。

「でもそれ、画面の中の話でしょ?」と思うにゃ。研究者たちも、そこを確かめたかったにゃ。

2011年、ラドヴァンスキーさんたちは、研究室の本物の3つの部屋を使ったにゃ。参加したのは、授業の単位と引きかえに集まった大学生60人にゃ。

①

📦 積み木を箱にしまう

テーブルの上の黒い箱を持ち上げると、色つきの積み木が6つ。「赤い立方体」「青い円柱」のような組み合わせにゃ。ひとつずつ箱に入れて、ふたをする。

②

🚶 次のテーブルまで運ぶ

行き先は、同じ部屋の向こう側のテーブルのときと、ドアをくぐった隣の部屋のテーブルのときがある。

③

💻 中身を当てる

着いたら、まず2分間、3けたの足し算。そのあとノートパソコンに出てくる「赤い立方体」「緑の円すい」などに、箱に入っているかどうかを答える。

ひとりが6回運んで、3回は部屋の中を横切るだけ、3回はドアをくぐったにゃ。同じ人の中で、2つの歩き方を比べたわけにゃ。

予想してみるにゃ

箱の中身を間違えやすかったのは、どっちのとき?

📊 結果の読み方

消えたんじゃなくて、
少しこぼれやすくなった

差は、100回に5回ほど

部屋の中を横切っただけのとき、100回の答えのうち間違いは23回ほど。ドアをくぐったときは28回ほど。

+5回

小さいけれど、偶然だけとは言いにくい差だったにゃ。

「ドアをくぐると記憶が消える」と言われることがあるけれど、まるごと消えたわけじゃないにゃ。ほとんどは覚えていて、ときどき、こぼれる。

台所で立ちつくす「あれ?」も、毎回じゃなくて、たまに起きるにゃ。ちょうど、それくらいの話にゃ。

それでも目を引くのは、こぼれたのが自分の手で運んでいる箱の中身だったことにゃ。まだ用がある物でも、ドアの向こうに着くと、少し取り出しにくくなっていたにゃ。

同じ論文の、ふつうのパソコン画面で部屋をまわる実験(大学生55人)でも、ドアのあとは間違いが増えていたにゃ。画面の中でも、本物の部屋でも、同じ向きだったにゃ。

🤔 なぜそうなるのか

さっきの部屋と、
いまの部屋が、
取り合いをしている?

はっきりした仕組みは、まだ決まっていないにゃ。ラドヴァンスキーさんたちは、自分たちの説(「出来事の地平モデル」と呼んでいる)で、こう説明しているにゃ。

説①

🎬 毎日を「場面」に区切る

頭は、ひと続きの毎日を、場面ごとに区切って覚えている、という考え方にゃ。部屋を移るのは、わかりやすい区切りのひとつ。区切りを越えると、前の場面のことは少し奥へしまわれるにゃ。

説②

🔦 いまの場面が、いちばん手前

いま居る場面のことは、手前に出ていて取り出しやすい。前の場面のことは、そのぶん取り出しにくくなるにゃ。

説③

🤼 運んだ物は、ふたつの場面に入る

箱を持って隣の部屋に来ると、その積み木は「拾った部屋」と「いまの部屋」の、両方の場面に入る。思い出そうとすると、ふたつの場面が同時に呼ばれて取り合いになり、答えが遅れたり、間違えたりする、という説にゃ。

もし「覚えた場所に戻れば思い出せる」のなら、元の部屋に戻ったときは成績がよくなるはずにゃ。同じ論文の3つ目の実験では、画面の中の部屋に、元の部屋へ戻る道を作って確かめたにゃ(大学生48人)。

さっきまで運んでいた物・置いた物を「違う」と答えた間違い(画面の中の部屋)
部屋の中を横切っただけ0%
ドアを1回くぐって、隣の部屋へ0%
ドアを2回くぐって、元の部屋に戻る0%
ドアを2回くぐって、また別の部屋へ0%

元の部屋に戻っても、よくならなかったにゃ。間違いがいちばん多かったのは、知らない部屋にもうひとつ入ったときだったにゃ。

ドアの回数は同じ2回でも、新しい部屋がひとつ増えると、間違いが増えたにゃ。研究者たちは、思い出すときに呼ばれる場面の数が多いほど、取り合いが激しくなるから、と考えたにゃ。

🔍 その後の研究

ドアは、
いつも忘れさせるわけじゃない

2021年、オーストラリアの研究者たちが、この「ドアで忘れる」を、やり方を少し変えて確かめ直したにゃ。論文の題は、そのまま「ドアはいつも忘れさせるわけではない」にゃ。

実験の一部

🥽 VRのゴーグルで部屋をまわる

頭にゴーグルをつけて、本物そっくりの部屋を移動したにゃ。ドアのあとで、はっきりした差は出なかったにゃ。

実験の一部

🔢 数を逆にかぞえながら、VRで移動

移動のあいだ、声に出して数を逆にかぞえてもらったにゃ。このときだけ、ドアをくぐったあとに、運んでいない物を「あった」と答える間違いが増えたにゃ。

実験の一部

🚶 本物の廊下をカーテンで区切って歩く

区切りを越えて歩いても、越えなくても、覚えていた量に差は出なかったにゃ。

研究者たちは、ドアで忘れる効果は、実験のやり方が少し変わるだけで見えなくなるのかもしれない、と書いているにゃ。出るとしても、頭がほかのことで忙しいときに出やすいのかもしれないにゃ。

別の研究では、若い人と年配の人に画面の中の部屋をまわってもらったら、ドアのあとの落ち込みは、どちらも同じくらいだったにゃ。「なにしに来たんだっけ」は、年をとってからはじまるもの、というわけではなさそうにゃ。

🏠 今に置き換えて考える

研究室の3つの部屋と、
いまの家の中の行き来

2011年の実験室には、テーブルと箱しかなかったにゃ。運ぶのは積み木だけで、歩くあいだにほかの用事はない。

いまの家の中の行き来は、もう少しにぎやかにゃ。

考えたこと①

🧺 運んでいる用事は、ひとつじゃない

本物の部屋の実験は、画面の実験より、もともと間違いが多かったにゃ。研究者たちは、一度に運ぶ積み木が6つと多かったからだろう、と書いているにゃ。

洗濯物を抱えて2階へ上がるついでに、充電器と、明日の上着と、ゴミ袋の替え。家の中の移動は、たいてい「ついで」をいくつも抱えているにゃ。その中のひとつが、階段の上でこぼれるのかもしれないにゃ。

考えたこと②

🔢 頭の中で、何かを数えながら歩いている

オーストラリアの実験で差が出たのは、数を逆にかぞえながら移動したときだったにゃ。

お風呂がわくまであと何分、夕ごはんに足りない物がいくつ、家を出るまであと何分。家の中を歩くとき、頭はたいてい何かを数えているにゃ。「あれ?」が多い日は、ドアのせいというより、頭に載っている荷物が多い日なのかもしれないにゃ。

考えたこと③

✂️ 見えるものを、手に持っていく

実験では、運ぶ物はわざと見えないようにしてあったにゃ。ふたをした箱の中か、画面の中では手に取ったとたんに消える。

家でなら、切りたい紙を持ってはさみを取りに行く、空の電池を持って替えを探しに行く、ということができるにゃ。用事を頭だけに持たせない、というやり方にゃ。研究で試された方法ではなく、ねこたちの思いつきだけど、目に見えるものは、ドアの向こうでも手の中に残っているにゃ。

この前の「あれ?」を
思い出してみるにゃ。

あなたならどれ?

「なにしに来たんだっけ」となったとき、あなたはどうすることが多い?

🐱 猫の国の研究所より

ここからは、
研究所の考察にゃ。

3つ目の実験で、ねこたちが何度もグラフを見返したのは、元の部屋に戻っても、よくならなかったところにゃ。

戻れば、さっきの場面がそのままよみがえる。そう思って、だれもが廊下を引き返すにゃ。でも頭の中では、戻った部屋も、もう「さっきの場面」とは別の、新しい場面になっていたのかもしれないにゃ。

頭が毎日を場面に区切るのは、たぶん、ふだんは役に立っているにゃ。「あの日、あの部屋で」と思い出せるのも、区切りがあるからなのかもしれない。

ドアの向こうでこぼれる用事は、そのしくみの、ちいさな裏側なのかもしれないにゃ。

実験に来た大学生たちも、自分で運んだ箱の中身を、ドアの向こうでときどき取りこぼしていたにゃ。100回に5回ほどの「ときどき」にゃ。

この研究が見ていたのは、その「ときどき」のほうにゃ。もの忘れが増えて、暮らしの中で困ることが続くなら、それはドアの数では説明できない話にゃ。そこから先は、お医者さんにみてもらう話にゃ。

🚪

さっきの部屋と、
いまの部屋が、
用事を引っぱり合っている。

はさみを取りに行って、
台所で立ちつくすとき。
頭の中では、リビングの場面と
台所の場面が、
はさみの取り合いをしているのかもしれないにゃ。

にゃんたるも、ときどき
廊下のまんなかで急に座りこんで、
毛づくろいをはじめるにゃ。
なにしに来たのかは、
たぶん、本人ももう知らないにゃ。🐾

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Radvansky, G. A., Krawietz, S. A., & Tamplin, A. K. (2011). Walking through doorways causes forgetting: Further explorations. Quarterly Journal of Experimental Psychology, 64(8), 1632-1645. リンク
Radvansky, G. A., & Copeland, D. E. (2006). Walking through doorways causes forgetting: Situation models and experienced space. Memory & Cognition, 34(5), 1150-1156. リンク
McFadyen, J., Nolan, C., Pinocy, E., Buteri, D., & Baumann, O. (2021). Doorways do not always cause forgetting: A multimodal investigation. BMC Psychology, 9, 41. リンク
Radvansky, G. A., Pettijohn, K. A., & Kim, J. (2015). Walking through doorways causes forgetting: Younger and older adults. Psychology and Aging, 30(2), 259-265. リンク
上記の研究知見をもとに、ニャンタルヘルスが独自に構成・考察したものです。原論文の翻訳ではありません。記事の内容は情報提供を目的としたものであり、医学的・心理学的な診断やアドバイスではありません。つらい状況にいる方は、信頼できる専門家にご相談ください。

著者:研究所のねこたち|ニャンタルヘルス
🐱 猫の国 研究所 ― nyantal.com