
…確かめようと思うより先に、体のほうが身構えているのかもしれないにゃ。"ひとりぼっちの絵"とまばたきの実験の話にゃ。
こんなこと、ないにゃ?
楽しかったはずの集まり。
なのに覚えているのは、
だれかの、ほんの一瞬の顔。
確かめたくて確かめているわけじゃない。
気づいたら、もう見ている。
「嫌われるのがこわい」人の体が、
なにに身構えているのか。
意外なものを使って調べた実験があるにゃ。
アメリカの心理学者ダウニーさんたち(2004年)は、ニューヨークのコロンビア大学で、学生43人に協力してもらったにゃ。18歳から38歳までの人たちにゃ。
まず質問紙で、拒まれることへの敏感さを測ったにゃ。このチームがその少し前に名づけたもので、「拒まれるのを不安な気持ちで予想し、すぐに気づき、強く反応する」かたむきのことにゃ。
こんな場面が18個並んでいて、「相手は引き受けてくれるか、どのくらい心配か」「断られそうだと思うか」を答えるにゃ。
それから静かな部屋で、壁に映した絵を、1枚6秒ずつ見てもらったにゃ。絵は4人の画家から4枚ずつ。下調べで、別の40人に点をつけてもらって選んだものにゃ。
ホッパーは、人がぽつんとひとりでいる場面をよく描いた画家。ルノワールは、人があたたかく寄りそう場面。ロスコとミロは、人の出てこない抽象画で、ロスコは暗い色、ミロは明るい色にゃ。
絵を見ているとき、ときどき「ザッ」と短く大きな雑音が鳴るにゃ。人は大きな音に、とっさにまばたきをする。すでに身構えているときほど、このまばたきが強くなることが知られているにゃ。目の下につけた小さなセンサーで、その強さを測ったにゃ。
拒まれることに敏感な人のまばたきが、ほかの絵より強くなったのは、どの絵を見ているときだったと思う?
拒まれることに敏感な人では、
ホッパーの絵を見ているときだけ、
音へのまばたきが強くなった。
ほかの3人の、どの絵と比べても。
敏感さの低い人では、
この差は出なかった
暗いもの、いやなもの全部に敏感なわけじゃない。体が身構えたのは、人から離れている場面だったにゃ。
しかも、その絵の中のだれも、見ている本人を拒んでいないにゃ。壁に映ったただの絵に、体がとっさに反応していたにゃ。
もうひとつ、研究者たちが確かめたことがあるにゃ。別の86人に、好きなだけ絵を見てもらったら、敏感な人がホッパーの絵から早く目をそらす、ということはなかったにゃ。
身構えは、「見たくない」と考えるより手前で起きていたのかもしれないにゃ。
そして、ねこたちがいちばん気になったのは、ルノワールの絵のほうにゃ。受け入れられる場面の絵で、敏感な人の体がとくにほっとすることは、なかったにゃ。拒まれる気配には強く反応するのに、受け入れられる気配で同じだけ落ち着くわけではなかったにゃ。
人の体には、危ないものを前にすると、考えるより先に身構える仕組みがある、と考えられているにゃ。この実験のまばたきは、その仕組みが動いているかをのぞくための窓だったにゃ。
大切な人に、強く、長く拒まれた経験があると、自分を守るために、拒まれる気配にこの非常ベルが合わさっていく。研究チームはそう考えているにゃ。生い立ちまでは、この実験では調べていないにゃ。
ベルは、考えるひまのない場面では役に立つ。困るのは、危なさが小さいときや、落ち着いて考えたほうがいい場面で鳴るとき。身構えたふるまいが、こわかった結果をかえって呼び寄せてしまうことがある、とも研究者たちは書いているにゃ。
不安な人が安心のためにする行動、たとえば相手の顔をのぞく、念を押す。それはその場を楽にするけれど、「確かめなくても大丈夫だった」を知る機会をなくしてしまう。だから不安が長続きする。
1990年代のはじめにイギリスの臨床心理学者が示した考え方で、いまも認知行動療法で広く使われているにゃ。
ダウニーさんたちの実験は、40人の学生で、見せたのは顔ではなく絵だったにゃ。研究者たち自身も、ほかの絵で確かめることや、暮らしの中のふるまいとつなげることが、これからの課題だと書いているにゃ。
顔のほうは、どうかにゃ。2019年に、ブラジルの研究者たちが、社交不安症の人の目の動きを調べた13の研究をまとめているにゃ。社交不安症は、人から否定的に見られることへのおそれが強く続く状態で、拒まれることへの敏感さとは測り方がちがうけれど、近いところにある心の動きにゃ。
こわい表情に、はじめはすばやく目が向き、
そのあと目をそらす。
とくに、相手の目のあたりから
ただ、13の研究はどれも、動かない顔を見せたものだったにゃ。その中で、VRのエレベーターに乗って、扉が開くたびに人の顔が見える、という暮らしに近い実験では、すばやく目が向く形は出なかった。はじめから顔をよけていたにゃ。
「一日に何回、顔を確かめているか」を数えた研究は、まだないにゃ。実験室の顔と、暮らしの中の顔は、まだ同じものとは言えないにゃ。
実験の人たちが見たのは、2000年代はじめの大学の、静かな部屋の壁に映る絵だったにゃ。
いまの私たちが「嫌われたかな」と身構える材料は、もっと形を変えて、毎日の中にまぎれこんでいるにゃ。
花粉の季節や冬には、マスク越しに人と話す日も、まだあるにゃ。口元が見えないぶん、目元だけで「怒ってる?」を読もうとする。でも、まとめの研究では、こわい表情のとき、いちばんそらされやすかったのが目のあたりだったにゃ。手がかりは少ないのに、その手がかりはいちばん見づらい場所。マスクの下の口が笑っているかは、だれにもわからない。わからないぶんを、悪いほうの想像で埋めているのかもしれないにゃ。
友だちどうしの楽しそうな写真が、SNSに流れてくる。そこに自分はいない。ホッパーの絵と同じで、写真の中のだれも、あなたを拒んではいないにゃ。日程が合わなかったのかもしれないし、別のつながりの集まりかもしれない。それでも体は、理由を知る前に、ひやっと身構える。実験で見えたのは、まさにその順番だったにゃ。
冗談を言ったあと、すぐに顔を見ずに、次の話を続けてみる。帰り道に「さっきの、どうだった?」と思い返すと、たいていは、なにも起きていないにゃ。「確かめなくても大丈夫だった」を、ひとつずつ集めていくやり方にゃ。こわさが強い場面で、いきなり試すことはないにゃ。気楽な相手との、小さな場面からでじゅうぶんにゃ。
相手の顔が、一瞬くもったように見えたとき。あなたが、まずしてしまうのはどれ?

ルノワールの絵の前で、
敏感な人の体は、
とくにほっとしなかったにゃ。
拒まれる気配には
すぐにベルが鳴るのに、
寄りそう人たちの絵では、
ベルが静かになるわけではなかった。
それなら、安心を
相手の顔から集めようとしても、
なかなか貯まらないのかもしれないにゃ。
笑顔をひとつ見ても、
また次の顔を見たくなる。
確かめる回数が多いのは、
疑い深いからじゃなくて、
集め方が合っていないから、
なのかもしれないにゃ。
実験が見たのは、
絵の前の6秒と、まばたきだけにゃ。
顔を確かめる回数までは、
だれも数えていない。
だからここは、ねこたちの推しはかりにゃ。
安心は、顔の外にも置いてあるにゃ。
先月も笑って帰ったこと。
困ったとき、あの人が来てくれたこと。
一瞬の顔より、
覚えている出来事のほうが、
長く手元に残るにゃ。
体は、
壁に映った絵にも
身構える。
実験の人たちのベルは、
だれにも拒まれていないのに、
ただの絵で鳴っていたにゃ。
友だちの顔が一瞬くもって見えて、
胸がひやっとしたら。
それは、ベルが鳴った音。
嫌われた音とは、
まだ決まっていないにゃ。
猫の国は、優しい人のための場所にゃ。
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