
…ひとつだけ選ばせると、男女ではっきり分かれて見えたにゃ。
こんな話、したことないにゃ?
「男は体、女は心」。
そんなふうに言われることがあるにゃ。
この問い、30年以上前に、
心理学者たちが
本気で調べていたにゃ。
アメリカのミシガン大学の心理学者バスさんたち(1992年)は、学生202人に、こんな場面を思いうかべてもらったにゃ。
真剣に付きあっている恋人が、ほかのだれかに気持ちを向けはじめた。そして、聞いたにゃ。
どちらのほうが、つらい?
恋人が、その人と
深い心のつながりを持つこと。
恋人が、その人と
体の関係を楽しむこと。
答えは、ひとつだけ丸をつける決まりにゃ。「どっちもつらい」は選べないにゃ。
「体の関係」のほうがつらいと選んだのは、男性と女性で、それぞれどのくらいだったと思う?
女性の8割以上は、
心のつながりのほうがつらいと答えた。
男性は、体の関係を選んだ人が6割、
心を選んだ人も4割いた
バスさんたちは、別の学生55人で、場面を思いうかべているときの体の反応も測ったにゃ。男性は体の関係を思いうかべたとき、手のひらの汗と脈が大きく上がった。女性は、心のつながりのほうで汗の反応が大きかったにゃ。
ただ、ここで見えているのは「どちらか選んで」と言われたときの答えにゃ。二択でわかるのは「より、どちらか」だけ。丸をつけなかったほうが平気だったとは限らないにゃ。
冒頭の会話の「ほんとは、どっちも無理」は、この二択では答えにならない気持ちにゃ。
なぜ男女で答えが分かれたのか。いくつかの説明が出されていて、いまも決着はついていないにゃ。
バスさんたち自身が、調べる前に立てていた説にゃ。
大昔の男性にとっては、育てている子が自分の子かどうかが、いつもあいまいだった。女性にとっては、相手の時間や手間、暮らしの支えが、ほかの人のほうへ流れていくことが大きな痛手だった。だから男性は体の関係に、女性は心が移ることに、より敏感になったのではないか。
「進化心理学」と呼ばれる考え方にゃ。大昔のことはたしかめようがなく、反論も多い説にゃ。
4年後、イェール大学の心理学者たちが出した反論にゃ。
人は、もう一方もついてきそうな浮気のほうを、よりつらいと選ぶのではないか。たとえば「心が移ったなら、体の関係もきっとある。でも体の関係があっても、心まで移ったとは限らない」と思っている人には、心の浮気がふたつ分に見える。そう考えやすいのは、女性のほうだった。
学生114人で、この「ついてきそう」という見込みを考えに入れると、男女の差はほとんど残らなかったにゃ。
子どもと親の結びつきから生まれた「愛着」の理論で考える人たちもいるにゃ。
2010年に411人を調べた研究では、人に頼ったり頼られたりすることに安心していられる人は、男女とも、心の浮気のほうをつらいと選びやすかった。人と近づきすぎるのを避けがちな人は、体の関係のほうを選びやすかったにゃ。
3つめの見方に立つと、心の浮気がいちばんこたえるのは、心のつながりを頼りにして生きてきたしるし、とも読めるにゃ。弱さでも、重さでもないにゃ。
二択だから差が大きく見えるだけでは? という疑問は、ずっと出ていたにゃ。
2012年に、二択を使わず、心の浮気と体の浮気それぞれのつらさに点をつけてもらった研究を、47の調査分まとめた分析が出たにゃ。
結果は、まんなかくらいにゃ。女性にくらべて男性のほうが、体の浮気を心の浮気より重く見る。その向きの差は、たしかに残った。でもその大きさは、全体で「小さい差」の目安くらいだったにゃ。
そして、何を聞くかで、差の大きさが変わったにゃ。
差の大きさのものさし(効果量)にゃ。0.2 が「小さい差」、0.8 が「大きい差」の目安。「傷つく」「腹が立つ」「嫌悪感」では、「小さい差」の目安にも届かなかったにゃ。
ほんとうに浮気をされた人たちを調べた研究でも、同じ向きの小さな差が出ていたにゃ。
差はある。でも、「男は体、女は心」ときれいに分けられるほどではない。そして傷つき方は、男女でほとんど変わらなかったにゃ。
研究の学生たちは、紙の上の想像で答えたにゃ。
いまの日本の暮らしを見ると、世の中の言葉のほうは、線をたいてい体のほうに引いているみたいにゃ。
不倫が報じられるたびに、よく聞く言い方にゃ。ここでいう一線は、体の関係のこと。越えていなければ、まだ言い訳がたつ、という空気があるにゃ。
でも研究では、女性の8割以上が、心のつながりのほうをつらいと選んでいたにゃ。体の線を越えていなくても、心の線のほうで深く傷つく人は、少なくないのかもしれないにゃ。
日本で、裁判で離婚を求められる理由のひとつに「不貞」があるにゃ。これは原則として、体の関係があったかどうかで考えられているにゃ。気持ちを寄せあって、しょっちゅう連絡を取っていただけでは、ふつうは当たらないにゃ。
法律で数えにくいことと、つらさが小さいことは、別の話にゃ。「体の関係はないんだから」と言われても、あなたの痛みが軽くなるわけじゃないにゃ。
冒頭のように、「どっちがマシ?」は雑談でよく出る問いにゃ。恋人と答えが分かれると、少しさびしくなるかもしれないにゃ。
でも研究のとおりなら、答えは、男か女かよりも、何を失うのがこわいかで分かれているのかもしれないにゃ。「なんでそっちなの?」と聞いてみると、相手が大事にしているものが、ひとつ見えるかもしれないにゃ。
大事な人のこととして想像したとき、いちばん胸がざわつくのはどれ?

「男は体、女は心」。
この言い方の裏づけとして
よく引かれてきたのが、
1992年の、あの回答用紙にゃ。
用紙にあった丸の欄は、ふたつだけ。
「どっちもつらい」と書く場所は、
はじめからなかったにゃ。
2012年に、ふたつの浮気のつらさを
別々に聞いた調査をまとめてみると、
差は残ったけれど小さくて、
傷つき方は、男女で
ほとんど変わらなかったにゃ。
広く知られているのは、
欄がふたつの用紙の答えのほうにゃ。
「男は体、女は心」は、
言いやすくて、覚えやすい。
別々に聞いたほうの答えは、
「向きは同じ。差は小さい。
傷つき方は同じくらい」。
ひとことには、まとまらないにゃ。
冒頭のうすい吹き出し、
「ほんとは、どっちも無理」は、
そのまとまらない答えのほうに
近いところにいる。
ふたつの聞き方を並べてみた、
ねこたちの読みにゃ。
「どっちがつらい?」の丸は、
もう片方を連れてきそうなほうに
つきやすいにゃ。
イェールの研究者たちの見立てにゃ。
「心だけのほうが無理かな」の丸にも、
「心が移ったなら、体もきっと」が
くっついていたのかもしれないにゃ。
世の中の線が
体のほうに引かれていても、
心のほうで負った傷は、
ちゃんと傷にゃ。
どこに線を引くかは、
あなたの気持ちが知っているにゃ。
猫の国は、優しい人のための場所にゃ。
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