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自分との付き合い方

人の話を聞いたあと、ぐったりするのは優しすぎるから?

…人のつらさで疲れるのは、優しすぎるからとは限らないにゃ。

この研究を一枚で
問い
人の苦しみに「共感する」練習と「思いやる」練習は、心と脳に同じことを起こすのか
どこで
スイスのチューリッヒで、20代を中心とした女性53人(Klimecki ほか 2014)
どうやって
一方の組は共感の訓練のあとに思いやりの訓練を、もう一方の組は記憶の訓練を受けた。その前後で、苦しむ人の短い映像を見て気持ちを答え、脳の動きを測った
わかったこと
共感の訓練のあと、いやな気持ちが増えた。そのあとの思いやりの訓練で、いやな気持ちは訓練前まで戻り、よい気持ちが増えた。強く動いた脳の場所は、ふたつの訓練で重ならなかった
その後の研究
思いやりを育てるプログラムの21の研究をまとめると、落ちこみや不安が中くらいに近い差で軽くなっていた。ただし人数の少ない研究が多い(2017年の分析)

こんな夜、ないにゃ?

ごめんね、また長電話になっちゃった
ううん、話してくれてよかったよ
(電話を切ったら、ソファから動けない)
(ニュースで見た映像が、寝る前まで胸に残ってる)
(「優しいね」って言われる。でも、ただ疲れてる)

こういう疲れは、
よく「共感疲労」と呼ばれるにゃ。

でも、そもそもあなたを疲れさせているのは、
ほんとうに「共感」なのかにゃ。
それとも、優しさの中の
別の何かなのかにゃ。

🧪 研究 ふたつの心の訓練

苦しむ人の映像を、
訓練の前とあとで見る

スイスのチューリッヒで、心理学者のクリメッキさんとシンガーさんたち(2014年)は、20代を中心とした女性たちに心の訓練を受けてもらったにゃ。

ひとつの組は、まず「共感」の訓練。苦しんでいる人の気持ちに、自分の心を重ねて響かせる練習にゃ。そのあとで「思いやり」の訓練。大切な人に向けるようなあたたかい気持ちを、ほかの人にも広げていく練習にゃ。

もうひとつの組は、比べるために、ものを覚えるコツの訓練を受けたにゃ。最後までやりとげたのは、ふたつの組を合わせて53人にゃ。

訓練の前と、それぞれの訓練のあとに、ニュースやドキュメンタリーから切りとった短い映像を見てもらったにゃ。けがや災害で苦しむ人の映像と、なんでもない日常の映像。

1本見るたびに、どれだけ気持ちを分かち合ったか、いやな気持ちとよい気持ちがどれくらいあったかを答えて、そのあいだの脳の動きも測ったにゃ。

予想してみるにゃ

共感の訓練を受けたあと、苦しむ人の映像を見た女性たちの気持ちは、どうなったと思う?

📊 結果の読み方

分かち合う力が伸びると、
つらさもいっしょに伸びた

📊 わかったこと

共感の訓練のあと、
気持ちを分かち合う度合いと、いやな気持ちが増えた。
記憶の訓練の組では、そうならなかった

目をひくのは、なんでもない日常の映像を見たときにも、いやな気持ちが増えていたことにゃ。つらい場面だけじゃなく、ふつうの景色まで少し重たく見えるようになった、ということにゃ。

長電話を切ったあと、晩ごはんの支度まで重たくなる。あの感じに、少し似ているかもしれないにゃ。

脳では、自分が痛いときにも働く場所の動きが強くなっていたにゃ。人の痛みを見ているときの脳を調べた研究をたくさんまとめた分析でも、くり返し出てきた場所にゃ。

予想してみるにゃ

では、そのあと「思いやり」の訓練を受けると、どうなったと思う?

📊 結果の読み方

目をそらさずに、
あたたかさが増えた

思いやりの訓練のあとも、映像の中の人たちは同じように苦しんでいたにゃ。見ないようにしたわけでも、「たいしたことない」と思いこんだわけでもないにゃ。

それでも、いやな気持ちは訓練前まで戻って、よい気持ちが増えたにゃ。

共感

苦しみに、自分の心を重ねる

相手のつらさが、自分のつらさとして響く。脳では、痛みのときに働く場所が強く動いた。

思いやり

苦しむ人を、あたたかく気にかける

「楽になってほしい」と願う気持ち。脳では、よろこびや、人とのつながりに関わる場所が動いた。

ふたつの訓練で強くなった場所は、重なっていなかったにゃ。

私たちがひとまとめに「優しさ」と呼んできたものの中に、手ざわりのちがうものがふたつ入っていたのかもしれないにゃ。

🤔 なぜ、共感だけだと疲れるのか

疲れのもとは、
「思いやり」ではなかった?

人を支える仕事の燃え尽きは、英語で長く「compassion fatigue(思いやり疲れ)」と呼ばれてきたにゃ。日本では「共感疲労」と訳されることが多いことばにゃ。

同じ研究者たちは、この研究の少し前に書いた本の章で、その名前を変えようと言っているにゃ。疲れのもとは思いやりではなく、相手のつらさを自分のこととして感じ続ける共感からくる苦しさのほうではないか、という説にゃ。

ひとつの説明はこうにゃ。人のつらさがそのまま自分のつらさになると、まず自分を守らなきゃいけなくなる。目をそらしたくなったり、その人から離れたくなったりするにゃ。

思いやりは、気持ちを押しこめるのとも、見方を変えて小さくするのともちがう、と研究者たちは書いているにゃ。苦しみはそのままにして、その上にあたたかい気持ちを足すやり方にゃ。

🔍 その後の研究

思いやりの練習は、
実験室の外でも効く?

この研究には、気をつけて読みたいところもあるにゃ。参加したのは若い女性だけで、人数は53人。訓練は短く、測ったのは訓練のすぐあとの、実験室で見る短い映像への反応だったにゃ。男性でも同じになるかは、研究者たち自身が「これから確かめたい」と書いているにゃ。

2017年には、思いやりを育てるプログラムを、くじ引きで組を分けて確かめた21の研究(合わせて1,285人)をまとめた分析が出たにゃ。

思いやりのプログラムで、どれくらい軽くなったか(21の研究をまとめて)
落ちこみ0.64
不安0.49
心の苦しさ0.47
目安:「中くらいの差」0.5
目安:「大きい差」0.8

比べた組との差の大きさ(効果量)にゃ。0.5 で「中くらい」、0.8 で「大きい」が目安。どれも、中くらいのあたりまで軽くなっていたにゃ。

ただ、まとめた研究の多くは人数が少なかったにゃ。「よさそう。でも、もっと大きな研究で確かめたい」というのが、いまの立ち位置にゃ。

🕰️ 今に置き換えて考える

実験の映像は10秒。
暮らしの中の痛みは、
そこで終わらない

実験で見た映像は、1本10〜18秒。決まった本数を見たら、そこでおしまいだったにゃ。

いまの私たちが触れる誰かの痛みは、そんなに短くないにゃ。

画面の向こうで

同じ映像を、何日も見る

地震や大雨のあとは、被害の映像を何日もくり返し見ることがあるにゃ。実験で使われたのと同じ、ニュースの中の苦しむ人の映像にゃ。手を差しのべようのない痛みを見続けるのは、共感の訓練を終わりなく続けているのに近いのかもしれないにゃ。

仕事の中で

10秒ではなく、一日じゅう

看護、介護、保育、お客さんの苦情を受ける仕事。人のつらさに触れるのが仕事の人は、日本にもたくさんいるにゃ。研究者たちがこのテーマを選んだのも、医療で働く人の燃え尽きが気になっていたからにゃ。実験室の10秒とちがって、それが毎日、何年も続くにゃ。

見る・見ないのあいだに

閉じるか浸るか、だけじゃない

思いやりの訓練を受けた人たちは、目をそらさずに、つらい映像を見ていたにゃ。画面を閉じるのも大事な手。そのうえで、「この人が楽になりますように」と一度思ってから閉じる、というあいだのやり方もあるのかもしれないにゃ。

あなたならどれ?

誰かのつらさに触れたあと、いまのあなたに近いのはどれ?

🐱 猫の国の研究所より

「優しいね」の中身を、
ねこたちが分けてみた

「優しいね」と言われる。
でも、ただ疲れている。

この研究は、その「優しさ」を
ふたつに分けて、
ひとつずつ練習してもらったにゃ。
すると疲れは、
片方にだけついてきたにゃ。

もう片方の練習のあと、
女性たちが見ていたのは、
前と同じくらいつらい映像にゃ。
目もそらしていない。
それでも重たさは訓練の前まで戻って、
あたたかい気持ちが増えていた。

変わったのは映像じゃなくて、
見ている人の立ち位置のほうだった
のかもしれないにゃ。
つらさの中へ入っていくのか、
つらい人のほうを向いて立つのか。

53人の女性が、実験室で、
十数秒の映像を見たときの話にゃ。
何年も続く介護や、毎晩の長電話で
同じことが起きるかまでは、
この研究は調べていないにゃ。

それでもねこたちなら、
人のつらさでぐったりした夜、
「もっと鈍くならなきゃ」と
自分を削りはじめる前に、
まず、いまどっちに立っているかを
見てみるにゃ。

女性たちが最後に受けたのは、
「感じるのをやめる」練習では
なかったにゃ。

疲れをほどいたのは、
引き算じゃなくて、
足し算だったにゃ。

長電話を切って、
ソファから立てない夜。
聞いた話を頭の中で
もう一度なぞりはじめたら、
そこに一行だけ足してみる。

「あの人に、あした
少しいいことがありますように」。

そのあとの晩ごはんの支度が
ほんの少し軽くなるかどうかは、
今夜のあなたが確かめられるにゃ。

📚 もっと深く知りたい人へ

猫の国には
こんな場所もあるにゃ

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🎓 学び舎

「感情との付き合い方ひみつノート」
「相手と自分を分けるひみつノート」で実践する

📚 図書館

だれかの物語を読む

🛠️ 道具屋

自分を知るための診断ツールを試す

猫の国は、優しい人のための場所にゃ。

Klimecki, O. M., Leiberg, S., Ricard, M., & Singer, T. (2014). Differential pattern of functional brain plasticity after compassion and empathy training. Social Cognitive and Affective Neuroscience, 9(6), 873-879. リンク
Klimecki, O., & Singer, T. (2012). Empathic distress fatigue rather than compassion fatigue? Integrating findings from empathy research in psychology and social neuroscience. In B. Oakley, A. Knafo, G. Madhavan, & D. S. Wilson (Eds.), Pathological Altruism (pp. 368-383). Oxford University Press. リンク
Lamm, C., Decety, J., & Singer, T. (2011). Meta-analytic evidence for common and distinct neural networks associated with directly experienced pain and empathy for pain. NeuroImage, 54(3), 2492-2502. リンク
Kirby, J. N., Tellegen, C. L., & Steindl, S. R. (2017). A meta-analysis of compassion-based interventions: Current state of knowledge and future directions. Behavior Therapy, 48(6), 778-792. リンク
上記の研究知見をもとに、ニャンタルヘルスが独自に構成・考察したものです。原論文の翻訳ではありません。記事の内容は情報提供を目的としたものであり、医学的・心理学的な診断やアドバイスではありません。つらい状況にいる方は、信頼できる専門家にご相談ください。

著者:研究所のねこたち|ニャンタルヘルス
🐱 猫の国 研究所 ― nyantal.com