
…人のつらさで疲れるのは、優しすぎるからとは限らないにゃ。
こんな夜、ないにゃ?
こういう疲れは、
よく「共感疲労」と呼ばれるにゃ。
でも、そもそもあなたを疲れさせているのは、
ほんとうに「共感」なのかにゃ。
それとも、優しさの中の
別の何かなのかにゃ。
スイスのチューリッヒで、心理学者のクリメッキさんとシンガーさんたち(2014年)は、20代を中心とした女性たちに心の訓練を受けてもらったにゃ。
ひとつの組は、まず「共感」の訓練。苦しんでいる人の気持ちに、自分の心を重ねて響かせる練習にゃ。そのあとで「思いやり」の訓練。大切な人に向けるようなあたたかい気持ちを、ほかの人にも広げていく練習にゃ。
もうひとつの組は、比べるために、ものを覚えるコツの訓練を受けたにゃ。最後までやりとげたのは、ふたつの組を合わせて53人にゃ。
訓練の前と、それぞれの訓練のあとに、ニュースやドキュメンタリーから切りとった短い映像を見てもらったにゃ。けがや災害で苦しむ人の映像と、なんでもない日常の映像。
1本見るたびに、どれだけ気持ちを分かち合ったか、いやな気持ちとよい気持ちがどれくらいあったかを答えて、そのあいだの脳の動きも測ったにゃ。
共感の訓練を受けたあと、苦しむ人の映像を見た女性たちの気持ちは、どうなったと思う?
共感の訓練のあと、
気持ちを分かち合う度合いと、いやな気持ちが増えた。
記憶の訓練の組では、そうならなかった
目をひくのは、なんでもない日常の映像を見たときにも、いやな気持ちが増えていたことにゃ。つらい場面だけじゃなく、ふつうの景色まで少し重たく見えるようになった、ということにゃ。
長電話を切ったあと、晩ごはんの支度まで重たくなる。あの感じに、少し似ているかもしれないにゃ。
脳では、自分が痛いときにも働く場所の動きが強くなっていたにゃ。人の痛みを見ているときの脳を調べた研究をたくさんまとめた分析でも、くり返し出てきた場所にゃ。
では、そのあと「思いやり」の訓練を受けると、どうなったと思う?
思いやりの訓練のあとも、映像の中の人たちは同じように苦しんでいたにゃ。見ないようにしたわけでも、「たいしたことない」と思いこんだわけでもないにゃ。
それでも、いやな気持ちは訓練前まで戻って、よい気持ちが増えたにゃ。
相手のつらさが、自分のつらさとして響く。脳では、痛みのときに働く場所が強く動いた。
「楽になってほしい」と願う気持ち。脳では、よろこびや、人とのつながりに関わる場所が動いた。
ふたつの訓練で強くなった場所は、重なっていなかったにゃ。
私たちがひとまとめに「優しさ」と呼んできたものの中に、手ざわりのちがうものがふたつ入っていたのかもしれないにゃ。
人を支える仕事の燃え尽きは、英語で長く「compassion fatigue(思いやり疲れ)」と呼ばれてきたにゃ。日本では「共感疲労」と訳されることが多いことばにゃ。
同じ研究者たちは、この研究の少し前に書いた本の章で、その名前を変えようと言っているにゃ。疲れのもとは思いやりではなく、相手のつらさを自分のこととして感じ続ける共感からくる苦しさのほうではないか、という説にゃ。
ひとつの説明はこうにゃ。人のつらさがそのまま自分のつらさになると、まず自分を守らなきゃいけなくなる。目をそらしたくなったり、その人から離れたくなったりするにゃ。
思いやりは、気持ちを押しこめるのとも、見方を変えて小さくするのともちがう、と研究者たちは書いているにゃ。苦しみはそのままにして、その上にあたたかい気持ちを足すやり方にゃ。
この研究には、気をつけて読みたいところもあるにゃ。参加したのは若い女性だけで、人数は53人。訓練は短く、測ったのは訓練のすぐあとの、実験室で見る短い映像への反応だったにゃ。男性でも同じになるかは、研究者たち自身が「これから確かめたい」と書いているにゃ。
2017年には、思いやりを育てるプログラムを、くじ引きで組を分けて確かめた21の研究(合わせて1,285人)をまとめた分析が出たにゃ。
比べた組との差の大きさ(効果量)にゃ。0.5 で「中くらい」、0.8 で「大きい」が目安。どれも、中くらいのあたりまで軽くなっていたにゃ。
ただ、まとめた研究の多くは人数が少なかったにゃ。「よさそう。でも、もっと大きな研究で確かめたい」というのが、いまの立ち位置にゃ。
実験で見た映像は、1本10〜18秒。決まった本数を見たら、そこでおしまいだったにゃ。
いまの私たちが触れる誰かの痛みは、そんなに短くないにゃ。
地震や大雨のあとは、被害の映像を何日もくり返し見ることがあるにゃ。実験で使われたのと同じ、ニュースの中の苦しむ人の映像にゃ。手を差しのべようのない痛みを見続けるのは、共感の訓練を終わりなく続けているのに近いのかもしれないにゃ。
看護、介護、保育、お客さんの苦情を受ける仕事。人のつらさに触れるのが仕事の人は、日本にもたくさんいるにゃ。研究者たちがこのテーマを選んだのも、医療で働く人の燃え尽きが気になっていたからにゃ。実験室の10秒とちがって、それが毎日、何年も続くにゃ。
思いやりの訓練を受けた人たちは、目をそらさずに、つらい映像を見ていたにゃ。画面を閉じるのも大事な手。そのうえで、「この人が楽になりますように」と一度思ってから閉じる、というあいだのやり方もあるのかもしれないにゃ。
誰かのつらさに触れたあと、いまのあなたに近いのはどれ?

「優しいね」と言われる。
でも、ただ疲れている。
この研究は、その「優しさ」を
ふたつに分けて、
ひとつずつ練習してもらったにゃ。
すると疲れは、
片方にだけついてきたにゃ。
もう片方の練習のあと、
女性たちが見ていたのは、
前と同じくらいつらい映像にゃ。
目もそらしていない。
それでも重たさは訓練の前まで戻って、
あたたかい気持ちが増えていた。
変わったのは映像じゃなくて、
見ている人の立ち位置のほうだった
のかもしれないにゃ。
つらさの中へ入っていくのか、
つらい人のほうを向いて立つのか。
53人の女性が、実験室で、
十数秒の映像を見たときの話にゃ。
何年も続く介護や、毎晩の長電話で
同じことが起きるかまでは、
この研究は調べていないにゃ。
それでもねこたちなら、
人のつらさでぐったりした夜、
「もっと鈍くならなきゃ」と
自分を削りはじめる前に、
まず、いまどっちに立っているかを
見てみるにゃ。
女性たちが最後に受けたのは、
「感じるのをやめる」練習では
なかったにゃ。
疲れをほどいたのは、
引き算じゃなくて、
足し算だったにゃ。
長電話を切って、
ソファから立てない夜。
聞いた話を頭の中で
もう一度なぞりはじめたら、
そこに一行だけ足してみる。
「あの人に、あした
少しいいことがありますように」。
そのあとの晩ごはんの支度が
ほんの少し軽くなるかどうかは、
今夜のあなたが確かめられるにゃ。
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