
…「手伝う」の一言には、「だれの仕事か」が隠れてるにゃ。
こんな言葉、聞いたことないにゃ?
善意で言ってる。
感謝もしてる。
なのに、どこかで引っかかる。
その引っかかりのもとを、
夫婦の話から
ていねいに読み取った研究があるにゃ。
社会学者のコルトレーンさん(1989年)は、アメリカで、学校に通う子どもがいる共働きの夫婦20組に、家事と育児をどう分けているかを聞いたにゃ。
見たのは、やっている量だけじゃないにゃ。だれが段取りして、だれが割りふって、だれが実際に手を動かしているのか。それを、夫婦それぞれの話から読み取っていったにゃ。
この20組は、夫もそれなりに家事や育児をしている家が多かったにゃ。
夫が家事をたくさんしている家。家のことの責任も、ふたりで分け合えていたと思う?
昔なら母親がしていた家事を、夫もたくさんしていたにゃ。それでも、家のことの責任は妻にあって、夫はそれを手伝う役にとどまっていたにゃ。
夫が、家のことに妻と同じだけの責任を持っていたにゃ。
暮らしの言葉にすると、こんな感じにゃ。
お風呂も洗ってくれる。ごみも出してくれる。でも「洗剤がもうない」「明日はごみの日」と気づいて頼むのが妻なら、どれだけ動いてくれても、家のことは妻の持ちもののまま。夫はそれを手伝っている側にいるにゃ。
分け合う形になっていた家を支えていたのは、毎日いっしょに子育てをすることと、夫婦の話し合いが続いていることだったにゃ。そのなかで夫も「ちゃんと子どもの世話ができる人」として、ふたりのあいだで見られるようになっていったにゃ。
ひとつの説明として、「感謝の経済」という見方があるにゃ。共働き夫婦への聞き取りをまとめて、1989年にベストセラーになった本で語られたものにゃ。
夫の家事は、もともとの期待が低いぶん、大きな贈りものに見えやすい。妻が毎日していることは、当たり前として数えられにくい。夫婦のあいだのそんな感じ方を、お金のやりとりにたとえた見方にゃ。
「手伝ったから!」と言う人は、きっと贈りものをしたつもりにゃ。
でも、毎日それを回している側から見ると、もともとふたりの家のこと。ありがとうと言いながらモヤッとするのは、このずれのせいかもしれないにゃ。
オランダの夫婦を調べた別の研究でも、男らしさ・女らしさの思いこみや、言葉にされない決まりごとが、結婚のなかの平等をゆっくりにしているのではないか、と論じられているにゃ。
コルトレーンさんの研究から30年ほどたった2019年に、アメリカの35組の夫婦に聞いた研究があるにゃ。家のことには、手を動かす前の考える仕事がついている、と整理したにゃ。
「そろそろ子どもの靴がきつそう」。必要になることを、先に見つけるにゃ。
どのお店で、どれにするか。選べるものを調べるにゃ。
探したなかから、どれにするかを選ぶにゃ。
買えたか、届いたか、合っていたか。最後まで気にかけるにゃ。
女性が多く担っていたのは、とくに「気づく」と「見届ける」だったにゃ。「決める」は、男女でほぼ同じだったにゃ。
「言ってくれれば手伝うのに」の「言う」までの部分が、ちょうどここにあたるにゃ。
研究の夫婦は、1980年代のアメリカの共働き夫婦だったにゃ。
いまの日本はどうかにゃ。総務省が5年ごとに「1日の時間の使い方」を調べているにゃ。6歳未満の子どもがいる夫婦で、家事・育児・買い物などにかける時間を見ると、夫は2001年の48分から、2021年には1時間54分になったにゃ。
じゃあ、そのあいだに妻の時間はどうなったのかにゃ。
2001年から2021年の20年で、妻の家事・育児の時間はどう変わったと思う?
この数字だけでは、理由まではわからないにゃ。子育てにかける時間が全体に増えたのかもしれないにゃ。ただ、「夫がやってくれるようになった」と「妻の荷物が軽くなった」は、同じではないことは見えてくるにゃ。
保育園や学校の連絡アプリ、家族のLINEグループ、義実家からの連絡。いまの「先回りして気づく」仕事の多くは、通知の形でやってくるにゃ。その通知がひとりのスマホにだけ届く家では、気づく役もひとりに寄りやすいかもしれないにゃ。
「牛乳買ってきて」と送れば、帰りに買ってきてくれる。頼むのはずいぶん楽になったにゃ。でも、牛乳がないと気づいて、送るところまでは、いまも頼む側の仕事のままにゃ。
「ごみ出しお願い」ではなく、「ごみの日を覚えて、袋を買い足すところまで」をひとまとめに。連絡アプリの通知を、ふたりのスマホに来るようにしておくのも、ひとつのやり方にゃ。
どう分けるかに、決まった正解はないにゃ。研究の夫婦がそうだったように、それぞれの家で話しながら決めていくことなんだと思うにゃ。
「手伝うよ」と言われたとき、いまのあなたの気持ちに近いのは?

「手伝う人」は、
夫ひとりの呼び名に見えて、
じつは家の中の席の名前にゃ。
手伝う人がいる家には、
かならず「持ち主」の席もある。
洗剤が切れそうだと気づいて、
頼んで、できたかを見ている人の席にゃ。
20組のうち、持ち主の席に
ふたりで座っていた家にあったのは、
毎日いっしょにする子どもの世話と、
途切れずに続く夫婦の話し合い。
そのなかで、ふたりとも
夫を「ちゃんと世話ができる人」と
見るようになっていたにゃ。
「手伝うよ」と言う人に、
たぶん悪気はないにゃ。
持ち主の席に、
まだ座ったことがないだけ
なのかもしれない。
そしてモヤッとするのは、
その席の名前に
先に気づいたほうにゃ。
20組の夫婦の話から、
ねこたちが読めたのはここまでにゃ。
「感謝の経済」の帳簿を、
ねこたちも少しのぞいてみたにゃ。
「ありがとう」は、
贈りもののほうにだけ
つきやすいにゃ。
「手伝ったよ」には、ありがとう。
毎日回している家のことには、
あまり言われない。
帳簿の上で、ありがとうは
いつも同じ向きに流れていくにゃ。
この一週間、
あなたが言った「ありがとう」と、
言われた「ありがとう」。
どっちが多かったかにゃ。
猫の国は、優しい人のための場所にゃ。
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