
…その「なりたい自分」の絵に、描き忘れていたものがあったのかもしれないにゃ。
こんなひとりごと、ないにゃ?
変わりたい気持ちは、うそじゃない。
なりたい自分の姿も、なんとなく見えている。
なのに、続かない。
そのたびに「意志が弱い」と
自分を責めてしまう。
「なりたい自分」と「今日の自分」のあいだには、
なにが足りないのかにゃ。
心理学者のオイサーマンさんたち(2006年)は、アメリカ・デトロイトの3つの中学校で、8年生(13〜14歳)の264人と一緒に研究をしたにゃ。収入の少ない家庭の子が多い学校で、翌年には高校に上がる学年だったにゃ。
ほとんどの子が、「ちゃんと卒業する」「進学する」といった学校の「なりたい自分」を持っていたにゃ。でも、その姿に向かう道すじまで書けた子は多くなかったにゃ。
そこで、クラスの中で半分ずつランダムに分けて、片方の子たちだけ、選択授業の時間に7週間・11回のプログラムを受けてもらったにゃ。12人ほどのグループで、やったのはこんなことにゃ。
・大人になった自分に近い写真を選ぶ
・応援してくれる人と、足を引っぱるものを描く
・未来への年表に、分かれ道とつまずきを描きこむ
・来年こうなるつもりの自分と、なりたくない自分を、そのためにすることと線でつなぐ
どの回にもこめられていたのは、「つまずくのはみんな同じ。それは、その未来があなたのものじゃないという意味じゃない」というメッセージにゃ。
それから、高校1年の終わりまで、成績や出席を追いかけたにゃ。
高校1年の終わり、プログラムを受けた子と受けなかった子の成績は、どうなっていたと思う?
高校への進学は、どの子にとってもきつい時期にゃ。受けなかった子たちは、宿題の時間が減り、授業に自分から加わることも減っていったにゃ。
受けた子たちも、楽になったわけじゃない。それでも、くずれ方がゆるやかだったにゃ。
どちらも8年生のころより減っていたけれど、受けた子のほうが、週に1時間ちかく多かったにゃ。
受けた子のほうが、学期ごとに2日あまり多く学校に来ていた。
授業をじゃまするふるまいも、より減っていた。
落ちこみを測る質問票の点数も、低かった
研究者たちが注目したのは、こうした変化の通り道にゃ。受けた子たちは、「なりたい自分」に道すじがついていて、なりたい自分となりたくない自分が同じ分野でそろっていることが多くなっていた。その描き方の変化で、行動や成績の差の一部が説明できたにゃ。
もうひとつおもしろいのは、「けんかや薬に巻きこまれる自分」のようななりたくない自分を思い浮かべるようになった子ほど、学校を休まなくなっていたことにゃ。なりたい自分だけでなく、なりたくない自分も、足を動かす力になっていたにゃ。
この研究の土台には、1986年に出された理論の論文があるにゃ。人の心には「今の自分」だけでなく、こうなるかもしれない自分がいくつも住んでいる、という考え方にゃ。なりたい自分、なりたくない自分、このままいけばなりそうな自分。それが近づきたい目印・遠ざかりたい目印になって、今の行動の向きを決める。そして「今の自分は変わりうる」という感覚も支えている、というものにゃ。
実験で確かめた結果ではなく、心を見るための枠組みにゃ。デトロイトの研究は、それを教室で試したものにゃ。
では、なりたい自分がいても動けないのはなぜか。研究者たちは、2つの見立てを立てていたにゃ。
「宿題やった?」「わからないなら先生に聞いておいで」と、まわりの大人が自然に声をかけてくれる環境なら、なりたい自分は毎日の行動に勝手につながる。そういう手がかりが少ないと、なりたい自分は遠い夢のまま、今日の行動と切れてしまう、という見立てにゃ。
人は、思い浮かべにくいことや、やりにくいことを「自分には本当じゃない」と感じやすい。だから、なりたい自分に向かう途中でしんどくなると、「これは本当の私じゃない」と受け取って、手放してしまう。研究者たちは、そう考えたにゃ。
だからプログラムは、どの作業もかんたんに感じられるように作られていたにゃ。未来を考えるのがむずかしいと感じた瞬間に、「私には関係ない」となってしまわないように。
同じ研究者たちは、その前の調べで、道すじのついた「なりたい自分」を持っていた子だけが、1年のあいだに成績を上げていたことも見ているにゃ。道すじのない未来の絵は、行動の地図というより、「来年はきっと大丈夫」と今の気持ちをなぐさめる役に回りやすい、と考えているにゃ。
2018年、同じ流れの研究者たちが、しんどさの読み方そのものを確かめる実験をしたにゃ。
デトロイト近くの中学校で、6年生の175人に冊子を配った。表紙の裏には、次のどちらかの言葉が4つ並んでいたにゃ。
しんどさを「大事なことのしるし」と読む言葉。
しんどさを「見込みがないしるし」と読む言葉。
さらに、表紙の裏が白紙の子たちもいたにゃ。そのあと全員が、州のテストと同じ形式の作文を書いたにゃ。
Aの言葉を読んだ子の作文は、ほかの子より出来がよかった。そして白紙の子は、Bの「無理だから」を読んだ子と変わらなかったにゃ。研究者たちは、何も言われないと、人はふだんから「むずかしい=無理」の読み方に寄っているのかもしれない、と考えているにゃ。
ただ、どれも短い実験にゃ。大学生でも試していて、むずかしい問題の出来には差が出たけれど、未来の自分の描き方まで変わるかどうかは、調べた相手によってまちまちだったにゃ。
デトロイトの研究も、ひとつの町の中学生の話。大人に同じプログラムをしたらどうなるかは、まだわかっていないにゃ。
研究の子たちは、学校の時間の中で、仲間と、ふたりの進行役と一緒に、7週間かけて未来の絵を描き直したにゃ。
大人になったわたしたちには、そんな時間はめったにないにゃ。「なりたい自分」は、年のはじめや眠る前に、ひとりでぼんやり思い浮かべることが多いにゃ。
雑誌の切り抜きや、保存した写真で「なりたい自分」を集める人もいるにゃ。研究の子たちも、2回目に写真を選んでいた。でも、そこで終わらなかったにゃ。分かれ道とつまずきの入った年表、なりたくない自分、そのためにすること、まで描いた。完成図だけのきれいな一枚には、途中のしんどさを描く場所がないのかもしれないにゃ。
習いごと、資格の勉強、久しぶりの仕事。うまくいかない日に「やっぱり私、向いてない」と思うのは、ごく自然な読み方にゃ。研究者たちが変えようとしたのは、まさにこの読み方だったにゃ。むずかしいのは、大事なことに手をかけているからかもしれない。大人で確かめた研究ではないけれど、そう読める日もあると知っておくだけで、手放すのが一日遅くなるかもしれないにゃ。
「このままだと、ずっとこのままだよ」。なりたくない自分は、自分を責める声になって出てきやすいにゃ。研究のポスターでは、なりたくない自分にも「そうならないためにすること」が線でつながれていた。怖い絵をくり返し眺めるのとは、ちょっとちがうにゃ。なりたくない自分の横に、今週できることをひとつ書き足すと、責める声が道しるべに変わるかもしれないにゃ。
「なりたい自分」を思い浮かべるとき、いまのあなたにいちばん近いのはどれ?

「今年こそ」と決めた夜は、
それだけで、少し気分がいいにゃ。
研究者たちは、道すじのない未来の絵は
その気分のほうに働きやすい、
と考えていたにゃ。
地図としてではなく、なぐさめとして。
三週間で「来週からでいいか」になるのは、
その絵が、はじめから
地図の仕事を頼まれていなかったから
かもしれないにゃ。
プログラムで研究者たちが用心していたのは、
子どもたちの根性ではなかったにゃ。
未来を考えるという作業が、
むずかしく感じられることそのもの。
だから、どの回もかんたんに作って、
年表には、つまずきの来る場所を
先に描きこんでもらったにゃ。
中学生の教室の話を、
大人の机まで持ってきた読みにゃ。
先に描いておいたつまずきは、
来たときに「ああ、ここか」になる。
描いていなかったつまずきは、
「やっぱり向いてない」の
証拠に見えやすい。
ひとりで描く大人の年表には、
たいてい、つまずきの欄がないにゃ。
6年生に配られた冊子の、
表紙の裏の一文にゃ。
「むずかしいと感じるのは、
それが大事だから」
表紙の裏が白紙だった子は、
「無理だから」を読んだ子と
同じところにいたにゃ。
何も書いていない場所には、
いつもの読み方が、
だまって入りこむらしいにゃ。
三週間で閉じたテキストも、
表紙の裏は、
たぶんまだ白紙にゃ。
猫の国は、優しい人のための場所にゃ。
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