
…幸せでも、やりがいでもない人生を選ぶ人が、9つの国のどこにもいたにゃ。
久しぶりの友だちと、
こんな話にならないにゃ?
「幸せ?」と「やりがいある?」。
人生のよしあしは、たいてい
このふたつで聞かれるにゃ。
どちらにもすぐ「うん」と言えないと、
自分の暮らしが、
足りないもののように思えてくる。
でも、そのどちらにも入らない
別のよさがあるとしたら?
心理学者の大石繁宏さんたち(2020年)は、9つの国の3,160人に、理想の人生をたずねたにゃ。
日本、アメリカ、韓国、インド、ドイツ、ノルウェー、ポルトガル、シンガポール、アンゴラ。多くは大学生で、アメリカとインドではネットで集めた大人、韓国では調査会社に登録した大人も加わっていたにゃ。
まず、自分が送りたい人生を、自分の言葉で書いてもらう。そして最後に、「どれかひとつしか選べないとしたら?」と、3つの人生から選んでもらったにゃ。
研究者たちの言う3つは、こんな人生にゃ。
心地よくて、楽しくて、穏やか。安心できて、安定している。
目的があって、何かに打ちこみ、だれかのためにつくす。
いろいろなことがあって、おもしろくて、驚きがある。世界や自分の見え方が変わるような経験が多い。
「豊かな人生」を選んだ人は、どのくらいだったと思う?
どの国でも、いちばん多いのは「幸せな人生」。
「豊かな人生」は、3つの中でいちばん少なかった。
それでも、幸せや意味より豊かさを選ぶ人が、
9つの国のどこにもいた
「ひとつだけ」と言われたら、ほとんどの人は穏やかな幸せを選ぶにゃ。そのうえで、幸せを手放してでも豊かさを、と答えた人が10人に1〜2人いた。そう読むと、少なくない数にゃ。
日本の参加者(2つの大学の学生)の答えを並べると、こうなるにゃ。
2番目の「意味」と3番目の「豊かさ」の差は、3.5ポイントだったにゃ。
もうひとつ、見ておきたいことがあるにゃ。豊かさを選んだのは、いまの暮らしに不満のある人だったのか。
調べてみると、いまの満足感や気分と、どの人生を選ぶかのあいだに、はっきりした関係はなかったにゃ。満たされない人が「せめて刺激を」と選んだわけでも、満ち足りた人が「次は豊かさを」と選んだわけでもなさそうにゃ。
「理想の人生は?」と正面から聞かれると、豊かさは思い浮かびにくいのかもしれない。そこで研究者たちは、反対の方向から聞いてみたにゃ。
アメリカの大人1,611人に、人生でいちばん後悔していることを書いてもらう。それから、「それをやり直せたとしたら、あなたの人生は、もっと幸せになっていた? もっと意味のあるものに? もっと豊かに?」と、ひとつ選んでもらったにゃ。
「もっと豊かになっていた」を選んだ人は、どのくらいだったと思う?
ある人は、「4年制の大学に行かなかったこと。おもしろい経験をのがした気がする」と書いて、「豊か」を選んでいたにゃ。
「理想は?」と聞くとアメリカで13.2%だった豊かさが、後悔から聞くと3割近くになる。口に出さないだけで、豊かさを欲しがっている人は、思ったより多いのかもしれないにゃ。
研究者たちの説明は、こうにゃ。
幸せな人生も、意味のある人生も、よいものにゃ。でも毎日がきちんと回るほど、同じことのくり返しにもなりやすい。論文には、安定した仕事があって、家庭もあたたかい——幸せで、意味もあるけれど、いろいろな経験に富んでいるとは限らない、という例が出てくるにゃ。
豊かさが満たすのは、それとは別の「いろいろなこと、初めてのこと、おもしろいことを味わいたい」という気持ち、という考えにゃ。2022年にこの考えをまとめた論文では、豊かな人生を送る人ほど好奇心が強いことも報告されているにゃ。
だから豊かさには、戸惑いや居心地の悪さも混ざる。幸せとも意味とも、少しちがう向きを向いているにゃ。
では、なぜ「理想は?」と聞くと少なく、後悔から聞くと多くなるのか。
研究者たちは、幸せや意味とちがって、豊かさにはまだ呼び名の型がないからではないか、と考えているにゃ。欲しいと思っていても、それを「豊かさ」とは呼んでいない、ということにゃ。
2021年には、どんな経験が豊かさと結びつくのかを調べた研究が出たにゃ。
たとえば、留学中のアメリカの大学生43人と、国内で学ぶ学生100人に、12週間、毎週アンケートに答えてもらう調査。中国からアメリカに来た留学生と、中国で学ぶ学生をくらべる調査もあったにゃ。
留学した学生は、しなかった学生より、豊かさが高かった。
人生への満足感や意味の感じ方には、
同じような差は、はっきり出なかった
14日間、毎日の日記をつけてもらった調査では、豊かさの高い人ほど、そのあいだに小さな旅に出ていたにゃ。別の研究でも、豊かな人生を送っている人には、新しいことに開かれた性格の人が多かったにゃ。
ただ、研究者たち自身が書いているとおり、豊かな人生を送るとその先どうなるのか、それが本人にとってよいことなのかは、まだ調べられていないにゃ。後悔の調査もアメリカと韓国だけ。わかってきたのは、まだ入口のところにゃ。
論文の調査は、2017年から2018年にかけて行われたにゃ。
ちょうど同じころ、2019年の内閣府の世論調査で、「これからは心の豊かさやゆとりのある生活をすることに重きをおきたい」と答えた人は62.0%。「まだ物の豊かさ」の29.6%の倍ほどで、女性のほうが多かったにゃ。
調査の文では、心の豊かさは「ゆとり」と並んでいるにゃ。せかされない、穏やか、ほっとできる。論文の3つに置くなら、むしろ「幸せな人生」の側に近いかもしれないにゃ。
研究の豊かさは、驚いたり、戸惑ったり、見え方が変わったりする手ざわりのほう。日本語の「豊か」には、ふたつの向きが同居しているのかもしれないにゃ。
9つの国の人が書いた理想の暮らしを、「できごとが多い・おもしろい・驚きがある」で点をつけてもらうと、日本は7段階で3.70。9つの国でいちばん低かったにゃ。真ん中の数字を選びやすい答え方のくせもあるので、点数だけでは比べにくいところにゃ。
それでも「ひとつだけ選ぶなら」では、日本の15.5%が豊かさを選んでいたにゃ。「平穏がいちばん」と言いながら、どこかで別のものも欲しがっている。そんな人も、いるのかもしれないにゃ。
仕事が落ち着いたら、子どもが手を離れたら、行ってみたかった場所へ。新しいことは、ゆとりのあとに回されがちにゃ。
でもこの研究では、いまの暮らしに満足している人ほど豊かさを選ぶ、という順番ははっきり見えなかったにゃ。調査はそこまで聞いていないけれど、豊かさは「ゆとりのごほうび」ではなく、ゆとりとは別の棚に置いてあるものなのかもしれないにゃ。
もしひとつだけ選ぶなら、いまのあなたは、どれに近い?

この論文で、豊かさを選ぶ人が
ずっと多かったのは、
「理想の人生は?」と正面から聞いたときより、
「いちばんの後悔をやり直せたら?」と
裏口から聞いたときだったにゃ。
研究者たちは、そのわけを、
豊かさにはまだ
呼び名の型がないから、と見ているにゃ。
幸せには「幸せ」、
意味には「やりがい」という札がある。
だとしたら、
「幸せ?」に詰まるのは、
中身が空っぽだからとはかぎらない。
あの一年の手ざわりには、
貼れる札がまだなかっただけ。
…ねこたちには、そう読めたにゃ。
豊かさには、つらいことも混ざる。
でもそれは、
つらさを我慢しなさい、という話じゃないにゃ。
いま、しんどいただ中にいる人に
「それも豊かさだよ」と
まわりが言うのは、ちがうにゃ。
あの時期が見え方を変えた、と思えるかどうかは、
あとで本人が決めることにゃ。
札のなかった棚に、
ねこたちが、仮の札を一枚。
幸せは高さ。意味は向き。
そして豊かさは、
厚みにゃ。
高さと向きは、
ふだんから、よく聞かれるにゃ。
厚みのほうは、
まだ、だれもあまり聞かない。
だから、ここで聞いておくにゃ。
できごとが多くて、
驚いて、戸惑って、
見え方が変わった時期。
これまでで、いちばん
分厚かった一年は、
いつだったにゃ?
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