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トラウマ・自己認知

何かあると「私のせい」。責めているのは、したこと? それとも自分という人?

…同じ「自分が悪い」でも、重さのちがうふたつがあるにゃ。

この研究を一枚で
問い
「自分が悪い」と思うとき、何を責めているかで、気分の落ちこみとのつながりは変わるのか
どこで
アメリカの女子大学生(Janoff-Bulman 1979)。気分の落ちこみをはかる質問票で、強めの組とそうでない組に分けた
どうやって
車の事故や、人に受け入れてもらえないなど、うまくいかない4つの場面を想像してもらい、「自分という人」「自分のしたこと」「偶然」「ほかの人」「まわりの状況」をそれぞれどれくらい責めるか答えてもらった
わかったこと
落ちこみが強めの組は、自分という人を責める度合いが高かった。自分のしたことを責める度合いは、ふたつの組で変わらなかった
その後の研究
人柄を責めることと落ちこみの結びつきは、その後の研究でも同じ向きだった。したことを責めるほうは結果が分かれ、こちらも落ちこみと結びつくという報告がある(1994年のまとめ)

友だち4人のランチ。
お店を選んだのは、あなた。

今日のお店、ちょっと微妙だったな…
もっとちゃんと口コミを見て、予約しておけばよかった
いつもこう。私が決めると、だいたいうまくいかない
私って、そういう人なんだよね
(雨で、みんな少し疲れていただけかもしれないのに)

何かあると、まず「自分が悪い」。
考えるより先に、そこに着いている。

でも、さっきの声をよく聞くと、
途中で責める先が変わっているにゃ。
最初は「予約」の話。
最後は「私という人」の話。

🧪 研究 「自分が悪い」を、ふたつに分ける

「したこと」を責めるのか、
「自分という人」を責めるのか

心理学者のジャノフ=バルマンさん(1979年)は、自分を責めることを、ふたつに分けて考えたにゃ。

ひとつは、自分のしたことを責める。「確かめずに予約したから」。
もうひとつは、自分という人を責める。「私はそういう人間だから」。

そしてアメリカの女子大学生たちに、気分の落ちこみをはかる質問票に答えてもらい、落ちこみが強めの組と、そうでない組に分けたにゃ。

そのうえで、うまくいかない4つの場面を想像してもらった。たとえば、車の事故。人に受け入れてもらえないこと。

場面ごとに、起きたことの責めがどこにあるかを答えてもらったにゃ。「自分という人」「自分のしたこと」「偶然」「ほかの人」「まわりの状況」。5つの欄に、それぞれどれくらいか。

予想してみるにゃ

ふたつの組で、はっきり差が出たのはどれだったと思う?

📊 結果の読み方

分かれ道は、
責める量より、
責める先

📊 わかったこと

落ちこみが強めの組は、
「自分という人」を責める度合いが高かった。
「偶然」のせいと見る度合いも高く、
自分で状況を動かせるという感覚は弱かった。

「自分のしたこと」を責める度合いは、
ふたつの組でちがわなかった。

落ちこみが強めの人たちが、何でもかんでも多めに自分を責めていたわけではなかったにゃ。高かったのは「人柄」と「偶然」。どちらも、自分では動かしにくいものにゃ。

ランチのお店に戻ると、こうなるにゃ。

「口コミを見ずに予約した」なら、次は前の日に調べればいい。手が届く。
「私が決めるとうまくいかない」には、次の手がない。責めたあとに、することが残らないにゃ。

ただ、この研究は、同じときに聞いた答えを比べたものにゃ。人柄を責めるから落ちこむのか、落ちこんでいるから人柄を責めてしまうのか。どちらが先かは、ここからはわからないにゃ。

🤔 なぜ、自分に向けるのか

「自分が悪い」は、
世界をどうにかなる場所に
しておく考え方?

ジャノフ=バルマンさんは、ふたつの責め方は、見ている時間がちがうと考えたにゃ。

「したこと」を責める人は、これからを見ている。あのやり方を変えれば、次は防げる。
「自分という人」を責める人は、これまでを見ている。こういう人間だから、ああなって当然だった。

落ちこんでいる人は、「自分のせいだ」と強く思うのに、「自分にはどうにもできない」とも感じている。この食いちがいは、心理学でふしぎがられてきたにゃ。

責めているのが人柄なら、ふたつは並んで立つ。悪いのは自分。でも、自分という人は変えられない。彼女はそう説明してみせたにゃ。研究で確かめきった答えではなく、ひとつの説として出したものにゃ。

そもそも、なぜ責める先が自分になるのか。ずっと前に、スコットランドの精神分析家が、診察室での経験から、こんな見立てを書いているにゃ。

子どもは、頼るしかない大人を「悪い」と思うことができないとき、悪さを自分の側に引き受ける。悪いのが自分なら、世界のほうは、まだ頼れる場所のままでいられるから。

数を数えて確かめた研究ではない、臨床家の考えにゃ。それでも、ジャノフ=バルマンさんの見方と、どこか重なるにゃ。

「自分が悪い」と思えば、まだ打つ手がある。世界はでたらめじゃない。自分を責めることが、足もとを守るはたらきをしていた時期が、あったのかもしれないにゃ。

🔍 その後の研究

「したこと」を責めるなら、
平気なの?

この分け方は、その後たくさんの研究で使われたにゃ。1994年に、それまでの研究を並べて見直した人たちがいるにゃ。

人柄を責める

どの研究でも、同じ向き

人柄を責めることが多い人ほど、落ちこみが強い。見つかった研究のなかに、逆の結果はひとつもなかったにゃ。

したことを責める

調べ方しだいで、ばらばら

落ちこみが軽い側に出る研究もあれば、重い側に出る研究もあったにゃ。見直した人たちが自分で調べ直すと、したことを責めることも、人柄を責めることとは別に、落ちこみやさびしさと結びついていたにゃ。

だから、「したことを責めれば大丈夫」とまでは言えないにゃ。同じ場面を何十回も巻き戻して自分を責めれば、それはそれで重い。

10代の子たちを調べた別の研究では、人柄を責めることは「恥ずかしい」という気持ちと、ほとんどひとつのものとして測られていたにゃ。人柄を責めるときの痛みは、恥に近いのかもしれないにゃ。

🏢 今に置き換えて考える

職場では「仕組み」を見るのに、
自分には「人柄」を見る

研究の学生たちが答えたのは、1970年代のアメリカで、想像の場面について。

いまの日本で働く私たちは、じつは「責める先」を選ぶ練習を、仕事でしているかもしれないにゃ。

仕事のとき

再発防止策の書き方を知っている

ミスのあとにまとめる「再発防止策」。「担当者の気がゆるんでいた」では、書類にならないにゃ。「確認の手順がひとつ抜けていた → チェック欄を足す」のように、次に変えられるものに落とす。研究の5つの欄でいえば、「人柄」の欄は使わず、「したこと」や「まわりの状況」の欄に書く書き方にゃ。

自分のことになると

「私って詰めが甘い」で、書類を閉じる

なのに、自分ひとりのことになると、同じ人が「私ってこういう人」で話を終えてしまう。対策の欄は空いたまま。ランチのお店なら、「次は前の日に一度、口コミを見る」と書けるにゃ。書こうとしても書けないなら、そもそも、あなたひとりで防げる話じゃなかったのかもしれないにゃ。

まわりの空気

「自己責任」という言葉

何かあると、まず本人の落ち度を探す。「自己責任」という言葉は、ニュースやSNSでよく見かけるようになったにゃ。研究の用紙には5つの欄があったけれど、この言葉は、「人柄」と「したこと」の欄しかない用紙を配るようなものかもしれないにゃ。ほかの人の欄、まわりの状況の欄も、もともと用紙には刷ってあるにゃ。

あなたならどれ?

うまくいかなかった日の帰り道。最初に浮かぶのは、どれに近い?

🐱 猫の国の研究所より

ここからは、
研究所の考察にゃ。

ふたつの組で差が出たのは、
「自分という人」と「偶然」の欄。
「したこと」の欄は、
どちらの組も同じくらいだったにゃ。

落ちこみが強めの人たちは、
したことを人より多く
責めていたわけじゃなかったにゃ。

「自分を責めすぎる」と言うとき、
私たちは量の話をしがちにゃ。
もっと責めるのを減らさなきゃ、と。

けれど、この研究で分かれ道になっていたのは、
量より、宛先だったにゃ。

「私が悪い」が浮かんだら、
消そうとする前に、
宛先をひとつ聞いてみる。
「私の、どこが?」

予約の話なら、次の手が書ける。
書けないなら、宛先がいつのまにか
「私という人」になっているか、
もともと、あなたの欄の話じゃないのかもしれない。

半世紀前の学生たちが、
想像の場面に答えた用紙から
引いてきた見立てにゃ。

ジャノフ=バルマンさんの見立てでは、
ふたつの「私のせい」は、
見ている時間がちがったにゃ。

「私って、こういう人」は
きのうまでの話。
「次は、こうする」は
あしたの話にゃ。

ランチのお店なら、
「次は前の日に、口コミを見る」。
一行書けたら、今日の反省はそこまで。

一行も書けなかったら、
あの日は、雨のせい
だったのかもしれないにゃ。

📚 もっと深く知りたい人へ

猫の国には
こんな場所もあるにゃ

🎓 学び舎

「自責を手放すひみつノート」
「感情との付き合い方ひみつノート」で実践する

📚 図書館

だれかの物語を読む

🛠️ 道具屋

自分を知るための診断ツールを試す

猫の国は、自分を責めすぎてしまう人のための場所でもあるにゃ。

📚 参考文献

この記事で紹介した研究

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Janoff-Bulman, R. (1979). Characterological versus behavioral self-blame: Inquiries into depression and rape. Journal of Personality and Social Psychology, 37(10), 1798-1809. リンク
Anderson, C. A., Miller, R. S., Riger, A. L., Dill, J. C., & Sedikides, C. (1994). Behavioral and characterological attributional styles as predictors of depression and loneliness: Review, refinement, and test. Journal of Personality and Social Psychology, 66(3), 549-558. リンク
Tilghman-Osborne, C., Cole, D. A., Felton, J. W., & Ciesla, J. A. (2008). Relation of guilt, shame, behavioral and characterological self-blame to depressive symptoms in adolescents over time. Journal of Social and Clinical Psychology, 27(8), 809-842. リンク
Fairbairn, W. R. D. (1943). The repression and the return of bad objects (with special reference to the "war neuroses"). British Journal of Medical Psychology, 19(3-4), 327-341.(Psychoanalytic Studies of the Personality, 1952 に再録)
上記の研究知見をもとに、ニャンタルヘルスが独自に構成・考察したものです。原論文の翻訳ではありません。記事の内容は情報提供を目的としたものであり、医学的・心理学的な診断やアドバイスではありません。つらい状況にいる方は、信頼できる専門家にご相談ください。

著者:研究所のねこたち|ニャンタルヘルス
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