🔬 猫の国 研究所
「うちは大丈夫」が
一番キケンかも
しれない?
…離婚率を知ってるのに
「でもうちは違う」と思う心理にゃ。
こういう会話、
覚えがあるにゃ?
離婚率が高いことは知ってる。
周りにもうまくいかなかったカップルはいる。
でも「うちは違う」って、
なぜか確信してるにゃ。
これ、実はある研究が
とんでもない数字で証明してしまったにゃ。
心理学者のベイカーとエメリーは、結婚を控えたカップルにシンプルな質問をしたにゃ。
「アメリカの離婚率はどのくらいだと思いますか?」
ほとんどのカップルが、だいたい正確に答えたにゃ。
約50%。半分くらいは離婚するって、みんな知ってたにゃ。
そして次に、こう聞いたにゃ。
「あなたたち自身が離婚する確率は?」
一般の離婚率の認識 → 約50%(正確)
自分たちが離婚する確率の予測
5%でも10%でもなく、文字通りゼロにゃ。
半分が離婚するのは知ってるにゃ。
でも「その半分にうちは入らない」と、
全員が思っていたにゃ。
統計を知っていることと、
それを自分に当てはめることは、
まったく別の話だったにゃ。
1980年、心理学者のワインスタインは、もっと広い範囲でこの現象を調べたにゃ。
病気になる確率、事故に遭う確率、仕事をクビになる確率…
さまざまなネガティブな出来事について「自分に起きる確率」を聞いたにゃ。
人は悪いことが自分に起きる確率を
系統的に低く見積もるにゃ。
しかも、統計を知っていても
このバイアスは消えないにゃ。
ワインスタインはこれを「非現実的楽観主義(Unrealistic Optimism)」と名づけたにゃ。
そしてこのバイアスは、恋愛関係において特に強く現れることがわかっているにゃ。
「他のカップルはダメになるかもしれないけど、うちは特別」。
この感覚は、愛情からではなく、
脳のクセから生まれているにゃ。
「それって新婚のラブラブ期だけの話でしょ?」
って思うかもしれないにゃ。
でもファワーズらの研究(2001)は、結婚前のカップルにもっと具体的なことを聞いたにゃ。
葛藤の頻度、コミュニケーションの質、
性生活の満足度、家事の分担…
具体的な項目について「どうなると思うか」を聞いたにゃ。
結果、結婚前のカップルはすべての項目で現実より楽観的な予測をしていたにゃ。
ケンカの頻度 → 低く見積もる
コミュニケーション → 高く見積もる
満足度 → 高く見積もる
具体的に聞いても、
楽観バイアスは消えなかったにゃ。
つまり、「うちは大丈夫」は
ぼんやりした感覚じゃなくて、
具体的な場面でも、系統的に発生する認知のズレにゃ。
ここまで読むと、「なんでそんな非合理的なことを…」って思うかもしれないにゃ。
でもこのバイアスには、
ちゃんとした機能があるにゃ。
「うまくいくかもしれない」と思えないと、
そもそも結婚しようと思えないにゃ。
楽観がないと、人はリスクのある行動を取れないにゃ。
「50%の確率で失敗するかもしれない」と
毎日考えていたら、心が持たないにゃ。
楽観バイアスは、日常を送るための
心のバリアでもあるにゃ。
「うまくいく」と信じているからこそ、
相手に時間とエネルギーを注げるにゃ。
最初から疑っていたら、関係は始まらないにゃ。
楽観バイアスはバグじゃなくて、ある意味では機能にゃ。
…でも、それが唯一の戦略になったとき、
問題が起きるにゃ。
マクナルティとカーニー(2004)の研究は、楽観バイアスについてもう一歩踏み込んだにゃ。
新婚カップルを追跡して、「楽観的な期待」がその後の満足度にどう影響するかを調べたにゃ。
問題解決スキルが高いカップル
→ 楽観的な期待が良い結果につながった
問題解決スキルが低いカップル
→ 楽観的な期待が失望につながった
つまり、「大丈夫」と思うこと自体は悪くないにゃ。
でも、「大丈夫」の裏に実際の対処力があるかどうかで、
結果はまるで違ったにゃ。
楽観主義は、
スキルと組み合わさったときだけ
関係を守る力になる
スキルなしの楽観は、
シートベルトなしで「安全運転だから大丈夫」と言ってるようなものにゃ。
運転がうまくても、事故は外からやってくるにゃ。
楽観バイアスが一番やっかいなのは、
「問題を直視しない理由」になるときにゃ。
→ ケンカしないんじゃなくて、
不満を言えないだけかもしれないにゃ。
→ 平気なんじゃなくて、
怖くて避けてるだけかもしれないにゃ。
→ 「そのうち」は、
問題が大きくなるまで来ないかもしれないにゃ。
「うちは大丈夫」は、
ときに難しい会話を先送りする魔法の言葉になるにゃ。
そしてその先送りが、
スライド7で見た「スキルのない楽観」に
つながっていくにゃ。
ここまで読んで「じゃあ悲観的になればいいの?」と思うかもしれないにゃ。
そうじゃないにゃ。
「問題が起きたら、一緒に話し合える」
「お互いの不満を伝え合える関係がある」
「困ったときの対処法を知っている」
→ スキルに裏打ちされた自信
「なんとなく大丈夫な気がする」
「うちはそういうことにはならない」
「問題? ないない」
→ 楽観バイアスによる思い込み
研究が示しているのは、タイプBが危険だということにゃ。
タイプAの人たちは「大丈夫」と言いながらも、
万が一のときの備えがあるにゃ。
タイプBの人たちは「大丈夫」と言うことで、
備えること自体をスキップしてしまうにゃ。
大事なのは、
自分の「大丈夫」がどっちなのか、
たまに立ち止まって考えてみることかもしれないにゃ。
ここで、ちょっと考えてみてほしいにゃ。
あなたの「うちは大丈夫」は、
どこから来てるにゃ?
一緒に問題を乗り越えた経験?
お互いの気持ちを話し合える信頼?
…それとも、
なんとなくの感覚にゃ?
どっちでも、
それ自体は悪いことじゃないにゃ。
「あ、自分はなんとなく派かも」って
気づけただけで、
もう一歩先に進めてるにゃ。
ここまでのデータを並べて、
研究所が思ったことをひとつだけにゃ。
「うちは大丈夫」と思えること自体は、
素敵なことだと思うにゃ。
それは相手を信じてるってことだし、
関係に希望を持ってるってことにゃ。
その気持ちがあるから、毎日を一緒に過ごせるにゃ。
でも、Baker & Emeryの研究が見せてくれたのは、
「信じる」と「備える」は両立できるということにゃ。
「うちは大丈夫」と思いながら、
それでも時々、ちゃんと話し合う。
不満を小さいうちに伝え合う。
お互いの期待を確認し合う。
楽観を捨てる必要はないにゃ。
ただ、楽観にスキルという地面を
つけてあげるだけにゃ。
もちろん、これはひとつの角度から見た話にゃ。
「大丈夫」と信じることで救われる場面もたくさんあるし、
すべての楽観が危険なわけじゃないにゃ。
でも「知っていること」と「自分に当てはめること」の間にある
不思議なギャップを、覚えておいて損はないかもしれないにゃ。
離婚率50%を正確に知りながら、
自分たちの確率を0%と答えたカップルたち。
それは愛の証でもあり、
脳のクセでもあったにゃ。
**「うちは大丈夫」を
信じながら備えること。**
それが、本当の意味での
「大丈夫」に近づく道かもしれないにゃ。
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