
…「半分は離婚する」と知っている人たちが、自分たちには0%と答えていたにゃ。
婚姻届を出す前の夜、
こんな会話、なかったにゃ?
離婚がめずらしくないことは、知っている。
まわりにも、いる。
でも、自分たちのこととなると、
考えること自体が
縁起でもない気がする。
結婚したばかりの人たちに、
そこをまっすぐ聞いた研究があるにゃ。
法律の研究者のベイカーさんと、心理学者のエメリーさん(1993年)は、アメリカのバージニア州の町で、結婚許可証を申し込んだばかりの人たちにアンケートを送ったにゃ。どちらも初めての結婚で、夫と妻に1通ずつ、別々に答えてもらったにゃ。
返ってきたのは137人ぶん。ほとんどの人はもう結婚していて、その多くは、結婚して2か月もたっていなかったにゃ。
聞いたのは、まず世の中のこと。「いま結婚するアメリカの夫婦のうち、いつか離婚するのは何%くらい?」
答えのまんなかは50%。当時の数字に、ほぼぴったりだったにゃ。
それから、同じ人に自分たちのことを聞いたにゃ。「あなたたちが離婚する見込みは?」
「自分たちが離婚する見込み」の答えのまんなかは、何%だったと思う?
同じすれ違いは、離婚の数字だけじゃなかったにゃ。養育費のことも聞いていたにゃ。
世の中のほうは、かなり正確な見積もりだったにゃ。
世の中では、全部受け取れるのは半分に届かないくらい。そう見積もっていた人たちが、自分の相手なら全部払う、と答えていたにゃ。
離婚したときのお金のことを、結婚前の取り決めにしておくこと。それに少しでも関心があると答えた人は、1.5%だけだったにゃ。
世の中の離婚や養育費の数字は、ほぼ正しく知っていた。
でも、その数字を自分たちには当てはめなかった
もうひとつ、アンケートには離婚の法律についての50問も入っていたにゃ。こちらの正解は6割ほど。当てずっぽうでも半分は当たる問題で、少しましなくらいだったにゃ。
法律のことは、よく知らない。数字は、よく知っている。それでも自分たちは0%。ここが、この研究のいちばんふしぎなところにゃ。
「法律をよく知らないから、楽観できるんじゃないか」。研究者たちはそう考えて、法学部の学生にも同じアンケートをしたにゃ。
家族法の授業の最初の日に92人、14週間の授業の終わりに80人が答えたにゃ。
授業のあと、法律の問題の正解は増えた。
でも、自分たちの結婚がどのくらい続くか、
離婚したらどうなるかの見込みは、
授業の前と変わらなかった
ルールを知ることと、そのルールが自分に関係あると思うことは、別のことだったにゃ。
「ちゃんと知れば、ちゃんと備える」とは、かぎらないみたいにゃ。
研究者たちの説明はこうにゃ。人は、自分たちのことを「結婚する人たちの平均的なひと組」だとは思っていない。だから、平均から出た数字を、自分たちには関係のないものとして脇に置いてしまう。
50%は、名前も顔も知らないたくさんの夫婦の数字にゃ。目の前の相手は、その「たくさん」のひとりじゃない。そう感じるのは、ふしぎなことじゃないにゃ。
研究者たちは、この楽観にはよい面もあるかもしれないと書いていたにゃ。「どうせ半分は」と思っていたら、結婚に踏み出せない人もいる。長く続けたいという気持ちとがんばりを、楽観が支えているのかもしれないにゃ。
同時に、この楽観は、結婚しているあいだの決めごとにも入りこむかもしれない、と書いていたにゃ。仕事を続けるか家に入るか、子どもをいつ何人持つか、出産のあとどのくらい仕事を離れるか。
離婚のあと暮らし向きが大きく下がりやすいのは妻の側なので、若い女性ほど、この楽観で損をしやすいかもしれない、とも。
どちらも、確かめきった答えではなく、研究者たちの見立てにゃ。
では、楽観はないほうがいいのかにゃ。
2004年に、初めての結婚をして数か月の82組の夫婦を、4年間、半年ごとにたずねた研究があるにゃ。最初に「これから幸せでいられるか」「相手がどうふるまうか」への期待を聞き、ふたりが困りごとを話し合う様子を録画して、話し合い方を見たにゃ。何かあると相手のせいにしやすいかどうかも聞いたにゃ。
話し合い方がうまいふたりでは、
明るい期待を持っていたほうが、満足が長く保たれた。
話し合い方がうまくいっていないふたりでは、
明るい期待を持っていたほうが、満足の下がり方が大きかった
同じ「うちは大丈夫」でも、話し合える力がそばにあるときは支えになり、ないときは、あとで落差になったにゃ。
楽観が悪いわけでも、悲観がいいわけでもないにゃ。期待と、ふたりのやり方が合っているか、だったにゃ。
研究の人たちは、30年以上前のアメリカで、結婚許可証を出したばかりの人たちだったにゃ。
国も時代もちがう。それでも、研究に出てきた場面は、いまの日本の暮らしにもあるにゃ。
婚姻届は、紙一枚。窓口で、離婚したあとの子どもやお金のルールを説明されることは、ふつうはないにゃ。
そのルールは、2026年4月に大きく変わったにゃ。離婚のあと、父母ふたりとも親権を持つ「共同親権」も選べるようになった。取り決めがないままでも、決まるまでのあいだ、子ども1人あたり月2万円の養育費を請求できるしくみもできたにゃ。知らなくても、結婚はできる。たいていの人は、困ってはじめて調べるのかもしれないにゃ。
研究では、98%の人が「相手は養育費を全部払う」と答えていたにゃ。
日本の国の調査(2021年)で、母子家庭のうち養育費を今も受け取っているのは28.1%。取り決めをしていた家庭でも57.7%だったにゃ。聞いていることがちがうから、そのまま比べられる数字じゃないにゃ。それでも、「うちの人なら」と「実際には」のあいだに、すき間があることは見えてくるにゃ。
2026年からは、養育費を書面で取り決めておけば、支払いが止まったときに、その書面で差し押さえの申し立てができるようになったにゃ。
研究者たちが気にしていた「暮らしの決めごと」は、いまの日本なら、育休のあとに時短にするか、扶養の内に働き方を変えるか、という話かもしれないにゃ。
そういう話をするとき、「うちは大丈夫だから」は、たいてい口に出さないまま前提に入っている。そこに「もしも」をひとつ足すことは、相手を疑うことにはならないと、ねこたちは思うにゃ。
「もしも」のときのお金や子どものことを、ふたりで話すこと。いまのあなたに近いのはどれ?

家族法の授業を、14週間。
終わるころ、学生たちは
法律の問題を
前より多く解けるようになっていたにゃ。
それでも、自分たちの結婚が
どのくらい続くかの見込みは、
最初の日のままだったにゃ。
知れば備える、のなら、
授業のあとで少しは動いたはずにゃ。
動かなかったのは、
「うちは0%」が、知らないことから
来ているんじゃないからだと思うにゃ。
目の前の相手を、
平均の中のひと組とは数えられない。
ふたりを大事に思う人なら、
たぶんだれでもそうなるにゃ。
そこへ、4年追いかけた
82組の夫婦を並べてみたにゃ。
明るい期待が満足を支えていたのは、
困りごとをふたりで
話し合えているときだったにゃ。
だとしたら「もしも」の話は、
「うちは大丈夫」を打ち消すものじゃなく、
それを支える側に
あるのかもしれないにゃ。
ふたつは別々の人たちを調べた研究で、
線でつないだのは、ねこたちにゃ。
結婚前の取り決めに、
少しでも関心があった人は、
百人いたら、
一人か二人。
「もしも」を先に口にする人は、
いつも、そのくらい少ない側にゃ。
「別れる前提?」と返ってくるのも、
たぶん、疑われたからじゃない。
相手の中でも、ふたりは
0%のままなのにゃ。
猫の国は、優しい人のための場所にゃ。
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