「これ、お願いできる?」
「いいよ」
「今日、残業できる?」
「いいよ」
「週末、引っ越し手伝ってくれない?」
「いいよ」
私の口から出るのは、いつも「いいよ」だった。
本当は、嫌だった。
仕事はもう抱えきれない。今日は早く帰りたい。週末は休みたい。
でも、言えなかった。
「いいよ」の方が、楽だった。
断ったら、嫌われる。面倒な人だと思われる。空気が悪くなる。
そう思うと、「いいよ」しか言えなかった。
気づいたら、私の時間は全部誰かのものになっていた。
仕事では、いつの間にか雑用係になっていた。
「これ、あの子に頼めばやってくれるよ」
そういう存在になっていた。
友達からも、頼まれることが増えた。
愚痴を聞いてほしい。相談に乗ってほしい。一緒に来てほしい。
全部、「いいよ」って言った。
夜中の2時に電話がかかってきても、出た。
「ごめんね、こんな時間に」
「いいよ、大丈夫」
大丈夫じゃなかった。明日、仕事なのに。
でも、断れなかった。
ある日、限界が来た。
会社で、また仕事を頼まれた。
「これ、明日までにお願い」
私の机には、まだ終わってない仕事が山積みだった。
「あの、私も今ちょっと」
「大丈夫でしょ?いつもやってくれるし」
その言葉で、何かが切れた。
「いいよ」
また、言ってしまった。
その夜、家に帰って泣いた。
なんで断れないんだろう。
なんで「いいよ」しか言えないんだろう。
私の「いいよ」は、誰のためなんだろう。
考えたら、分かった。
嫌われたくなかったんだ。
「いいよ」って言えば、好かれる。必要とされる。
断ったら、必要とされなくなる。
それが、怖かった。
でも、今の私は幸せ?
みんなに「いいよ」って言って、必要とされて、でも毎日疲れてて、夜は泣いてる。
これって、なんのためにやってるんだろう。
次の日、小さな実験をした。
「コピー取ってきて」
「ごめん、今ちょっと手が離せなくて」
心臓がバクバクした。
相手は、一瞬きょとんとした。
「あ、そう。じゃあ自分で行くわ」
それだけだった。
怒られなかった。嫌われなかった。
なんだ、断っても大丈夫じゃん。
それから、少しずつ練習した。
「今日は残業できません」
「週末は予定があるので」
「ごめん、今日はちょっと難しい」
最初は声が震えた。でも、言えた。
言うたびに、少し楽になった。
離れていった人も、いた。
「最近、付き合い悪くない?」
そう言って、連絡が来なくなった人。
最初は悲しかった。でも、気づいた。
その人は、「いいよ」って言う私が好きだっただけ。
私じゃなくて、私の「いいよ」が好きだっただけ。
それって、友達だったのかな。
今も、断るのは苦手。
「いいよ」って言いそうになる。
でも、一回立ち止まる。
「本当にいいの?」って、自分に聞く。
本当にいいなら、「いいよ」って言う。
嫌なら、断る。
それだけのことなのに、30年かかった。
「いいよ」は、魔法の言葉じゃない。
自分を削る言葉にもなる。
誰かに好かれるために、自分を差し出し続けたら、いつか空っぽになる。
だから、「いいよ」は大切に使おうと思う。
本当に「いいよ」と思った時だけ。
もしあなたも、「いいよ」しか言えないなら。
一回だけ、断ってみてほしい。
小さなことでいい。
「今日はちょっと」
それだけでいい。
世界は、思ったより壊れないから。
あなたは、「いいよ」って言わなくても、価値があるから。
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