あの日から、10年が経った。
友人が死んだ。自ら命を絶った。私たちは高校からの親友だった。でも、大人になってからは、年に数回会う程度になっていた。
最後に会ったのは、その3ヶ月前だった。
カフェで、他愛のない話をした。仕事のこと、恋愛のこと、昔の思い出。彼は笑っていた。少し疲れているようにも見えたけれど、それは誰でも同じだと思った。「また会おう」と言って別れた。
それが、最後だった。
彼が死んだと聞いたとき、頭が真っ白になった。信じられなかった。なぜ。どうして。そんな言葉が頭の中でぐるぐる回った。
葬儀に行った。彼の両親が泣いていた。私も泣いた。でも、涙と一緒に、言葉にならない後悔が溢れた。
「気づけなかった」
「もっと話を聞けばよかった」
「助けられたかもしれない」
そんな思いが、私を押し潰した。
それから数ヶ月、私は何もできなかった。仕事に行っても、上の空。友達と会っても、心ここにあらず。夜は眠れず、朝は起きられない。
ある夜、私も死のうと思った。
彼のところに行きたい。謝りたい。一緒にいたい。そう思った。窓を開けて、外を見た。高い場所だった。飛び降りれば、すぐに終わる。
でも、その時、ふと思った。
「彼は、私に死んでほしいだろうか」
答えは、すぐにわかった。違う。彼は、私に生きてほしいはずだ。彼は、誰かを道連れにしたかったわけじゃない。ただ、自分が辛すぎて、死ぬしかなかった。それだけだ。
窓を閉めた。部屋に戻った。床に座り込んで、また泣いた。
次の日、私は彼の墓に行った。そして、話した。
「ごめん。気づけなくて。でも、俺は生きる。お前の分も生きる。だから、見守っててくれ」
それから、私は少しずつ変わった。
人と会うときは、ちゃんと話を聞くようになった。「大丈夫?」と聞くようになった。表面だけじゃなくて、本当のことを聞こうとするようになった。
完璧じゃない。今でも、人の心を完全に理解することなんてできない。でも、少なくとも、気にかけることはできる。
そして、私も人に頼るようになった。辛いときは「辛い」と言う。助けてほしいときは「助けて」と言う。彼が言えなかったことを、私は言おうと決めた。
10年が経った今、私は生きている。
彼のことは、毎日思い出す。忘れたことはない。忘れられない。でも、その悲しみと一緒に生きている。
彼が死んだことは、変えられない。でも、私が生きることは、選べる。そして、私は生きることを選んだ。
もし今、死にたいと思っている人がいたら。少しだけ、待ってほしい。誰かに話してほしい。助けを求めてほしい。
そして、もし誰かが死にたいと言ったら。どうか、話を聞いてほしい。否定しないでほしい。ただ、そばにいてほしい。
私は、友人を救えなかった。でも、これからは、誰かを救えるかもしれない。そう思って、生きている。
彼の墓には、今も時々行く。そして、報告する。
「俺、まだ生きてるよ。お前がいない世界で、なんとか生きてるよ」
風が吹く。木の葉が揺れる。それが、彼の返事のように感じる。
生きていてよかった。そう思える日が、少しずつ増えている。
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