手紙を書かなかった友人へ

📅 2025-11-03⏱️ 5分✍️ 匿名の友
後悔友情喪失希望
元気か、という書き出しがもう使えないことに、十年経っても慣れない。 十年だ。信じられるか。おれは今年、お前の歳をふたつ追い越した。 最後に会ったカフェの話をする。お前は覚えてないかもしれない。仕事の話をして、昔の話をして、お前は笑ってた。少し疲れて見えたけど、あの頃はみんな疲れてたから、数に入れなかった。会計のとき、お前が先に伝票を取って、おれは「次は出すよ」と言った。 次は、なかった。 知らせを聞いた日のことは、書かない。書けるようになったら書こうと思って十年になるから、たぶん一生書かない。 ひとつだけ白状する。あの年の冬、おれはお前のところに行こうとした。夜中に窓を開けて、下を見た。あそこからなら、お前に謝れるような気がしていた。 やめた理由は、立派なものじゃない。窓枠が冷たくて、手を引っ込めた。それで少しだけ我に返って、床に座って、朝まで泣いた。それだけだ。「あいつはおれに生きてほしいはずだ」なんて理屈は、あとから貼った包帯だよ。あの夜は、窓枠が冷たかった。それがぜんぶだった。 墓には、今も行く。行って、報告をする。たいした報告じゃない。仕事を変えたとか、腰をやったとか、お前が好きだった定食屋が潰れて、跡地がコインパーキングになったとか。 風が吹くと、お前が相槌を打った気になる。安い感傷だと自分でも思う。でも、やめない。 ひとつ、練習していることがある。 「大丈夫?」と聞いたあと、「大丈夫」という返事を疑う練習だ。お前の「大丈夫」を、おれは額面どおりに受け取った。それが悔しくて、そこだけは変えた。うまくいってるかは、わからない。この前も後輩の「大丈夫っす」を持ち帰って、夜中に電話した。迷惑そうだった。でも次の日、飯に付き合わされた。そういうことが、たまにある。 あの夜のお前に言えるなら、と考えることがある。 死ぬな、とは、たぶん言わない。言われて止まるものじゃないことくらい、窓枠を握ったおれは知ってる。 そうじゃなくて、朝まででいい、待ってくれと言う。誰かに——おれにでいい——言ってくれと言う。 十年遅れの手紙だから、これはもう、お前には届かない。 だから、間に合う誰かのところに、置いておく。 また来年、墓で会おう。花は持っていかない。お前、花より団子だったろ。 --- *© 2025 匿名の友*