人の顔色を見るのが、得意になってしまった。
会議で誰かがちょっと眉をひそめる。飲み会で誰かの箸が止まる。電話口で声のトーンが下がる。
全部、分かる。気づいてしまう。
「空気読めるね」って言われることがある。
褒め言葉なんだろうけど、嬉しくない。
これは特技じゃない。生き延びるために身につけた癖。
実家にいた頃、父の機嫌を読むのが日課だった。
帰ってきた時の足音。ドアの閉め方。「ただいま」の声のトーン。
それで今日の父が分かる。機嫌がいいか、悪いか。
悪い日は、姿を消す。部屋にこもる。息を殺して、嵐が過ぎるのを待つ。
母も読む対象だった。
母は、父に怒られると私に当たった。だから父の機嫌と、母の機嫌、両方見てないといけなかった。
家の中で、一番安全な場所を探す。誰にも見つからない場所。誰の機嫌も損ねない場所。
それが毎日だった。
大人になって、家を出た。
でも癖は抜けない。
上司の機嫌を見る。同僚の機嫌を見る。友達の機嫌を見る。恋人の機嫌を見る。
誰かが不機嫌だと、「私のせいかな」って思う。
違うって分かってても、体が反応する。緊張して、萎縮して、小さくなる。
飲み会の帰り道、いつも反省会をする。
あの時の発言、大丈夫だったかな。変な空気にしてないかな。誰か怒ってないかな。
ぐるぐる考えて、家に着く頃にはぐったりしてる。
友達に「考えすぎだよ」って言われたことがある。
そうなんだろうな。分かってる。
でも、考えないと不安なんだ。見張ってないと、怖いんだ。
いつ誰が怒り出すか分からない世界で生きてきたから。
最近、気づいたことがある。
私は「誰かの機嫌を見てる」んじゃなくて、「危険を察知しようとしてる」んだって。
それは昔の私が、生き延びるためにやってたこと。
間違ってなかった。あの家では、必要な能力だった。
でも今は、そこまで見張らなくてもいい場所にいる。
誰も急に怒鳴らない。誰も物を投げない。
安全なんだよって、自分に言い聞かせてる。
まだ体は信じてくれないけど。
電車の中で、前に座ってる人の表情を、つい見てしまう自分がいる。
「あ、またやってる」って気づく。
気づくだけ。それでいい。今はそれでいい。
いつかこの癖が薄れる日が来るのかな。
来なくても、私はやっていく。
見張りながらでも、生きていく。
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