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💴

10円玉の重み

📅 2025-11-03⏱️ 4分✍️ 匿名の息子
お金後悔家族葛藤人生
母が10円玉を数えていた。 小学5年生の夏。私は母の部屋の前を通りかかって、その光景を見た。テーブルの上に、たくさんの10円玉。母は一枚ずつ、丁寧に積み上げていた。 「何してるの?」 声をかけたら、母は慌てて10円玉を隠した。「なんでもないよ」と笑った。でも、その笑顔は少し寂しそうだった。 父は、その頃ほとんど家にいなかった。仕事だと言っていた。でも、本当は違った。ギャンブルに溺れていた。家にお金を入れなくなっていた。 母は、パートで働いていた。朝早くから夜遅くまで。それでも、足りなかった。 ある日、私は学校で修学旅行の説明会があった。費用は3万円。それを母に言えなかった。 母が10円玉を数えていたあの姿を思い出したから。 結局、修学旅行には行かなかった。「行きたくない」と嘘をついた。母は不思議そうな顔をしたけれど、何も聞かなかった。 それから20年以上が経った。 私は今、会社員として働いている。結婚もした。子どももいる。お金には、それなりに余裕がある。 母は今、一人暮らしをしている。父とは、私が高校生のときに離婚した。母は今も働いている。60歳を過ぎても、パートを続けている。 先月、母の誕生日に会いに行った。プレゼントを渡した。服と、現金10万円。 母は現金を見て、「こんなにいらないよ」と言った。でも、受け取ってくれた。そして、少し泣いた。 「あの頃、ごめんね」と母は言った。 「何が?」と聞いた。 「修学旅行、行かせてあげられなくて」 私は驚いた。母は、知っていたんだ。私が嘘をついていたことを。でも、何も言わなかった。言えなかったんだ。 「俺、行きたくなかったから大丈夫だよ」 そう言ったけれど、母は首を横に振った。 「嘘って、わかるよ。母親だもの」 その言葉を聞いて、私も泣いた。 あの日、私は修学旅行に行きたかった。でも、母を苦しめたくなかった。だから、諦めた。それは優しさだったかもしれない。でも、同時に、母を傷つけていたんだ。 母は、自分が息子の夢を奪ったと思っていた。20年以上、ずっと。 「ごめん」と私は言った。「もっと素直に言えばよかった」 母は笑った。「いいのよ。あなたが立派に育ってくれて、それだけで十分」 帰り道、私は10円玉のことを思い出した。 母が一生懸命数えていた10円玉。あれは、私のためだったんだ。少しでもお金を貯めて、私に何かしてあげたかったんだ。 お金があれば、あの頃は違ったかもしれない。母も、私も、もっと笑えたかもしれない。 でも、お金がなかったから、私たちは強くなった。感謝することを知った。小さな幸せに気づけるようになった。 今、私は自分の子どもに、何不自由なく育ててあげられる。それは幸せなことだ。でも、時々思う。この子は、10円玉の重みを知るだろうか。母の手の温もりを、あの日の私のように感じるだろうか。 お金は大事だ。でも、お金だけじゃない。 母が10円玉を数えていたあの姿。それは、私の原点だ。何があっても諦めない強さ。誰かのために頑張れる優しさ。 母から受け継いだものは、お金じゃない。もっと大切な何かだ。 来月も、母に会いに行こう。そして、ちゃんと言おう。 「ありがとう」って。 --- *© 2025 匿名の息子*