8時23分の電車

📅 2025-11-03⏱️ 3分✍️ 匿名の通勤者
回復日常習慣希望変化
8時23分の電車。二両目。窓側の、後ろから二番目。 空いていれば、そこに座る。 このルーティンができて、一年になる。 一年前のわたしは、電車に乗れなかった。ドアが閉まる音で心臓が跳ねて、次の駅までの三分が終わらなかった。医者は病名をくれた。病名があると、少しだけ扱いやすくなる。そういうものらしい。 仕事は辞めた。半年、家にいた。 カーテンを開けた日のことは、覚えていない。たぶん、たいした日じゃなかった。ゴミを出したついでにコンビニまで歩けた日があって、公園まで行けた日があって、駅の改札の前で引き返した日が、その間に何日もあった。 順番に良くなっていったわけじゃない。三歩目で駅まで行けて、四歩目でまた玄関から出られない。そういう数え方の一年だった。 初めて乗れた日は、一駅で降りた。ホームのベンチでしばらく息をして、帰りは歩いた。 次の日も、同じ電車にした。8時23分。混みすぎていなくて、ガラガラでもない。それだけの理由。 同じ時間、同じ車両、同じ席。増やしたのは、駅の数だけ。 三ヶ月目くらいに、気づいたことがある。同じ電車には、同じ人が乗っている。ドアの横でずっと文庫本の人。イヤホンの女の人。毎朝うつらうつらして、毎朝ぎりぎりで降りていく学生。 誰も、わたしを見ていない。 みんな、自分の朝を運んでいるだけだった。それに気づいた日から、車内で数を数えるのをやめた。 今は再就職して二年目になる。前より小さい会社。8時23分に乗って、七駅目で降りる。 先週、わたしの席に知らない人が座っていた。 隣に座った。窓の外は、いつもより少しだけ違う角度で流れた。 それだけだった。 明日も、たぶん同じ電車に乗る。 --- *© 2025 匿名の通勤者*