8時23分の電車。
毎日、同じ時間。同じホーム。同じ車両。同じ席。
これが、私のルーティンになった。
1年前までは、そんなこと気にもしなかった。いや、できなかった。朝起きられない。会社に行けない。電車に乗ることすら、怖かった。
パニック障害だった。
電車に乗ると、息ができなくなる。心臓がバクバクして、冷や汗が出て、このまま死ぬんじゃないかと思った。だから、電車を避けた。タクシーで行けるところはタクシー。でも、それも限界があった。
結局、仕事を辞めた。外にも出られなくなった。
半年間、ほとんど家にいた。カーテンを閉めて、布団にくるまって、ただ時間が過ぎるのを待った。
でも、ある日、思った。
「このままじゃダメだ」
まず、カーテンを開けた。次に、玄関を開けた。外に出た。コンビニまで歩いた。それだけで精一杯だった。
次の日も、外に出た。今度は公園まで。その次は駅まで。少しずつ、少しずつ。
そして、ある朝。電車に乗ってみようと思った。
8時23分の電車を選んだ。理由は、なんとなく。この時間なら、そこまで混んでいない。でも、ガラガラでもない。ちょうどいい感じがした。
ホームに立った。電車が来た。ドアが開いた。
足が震えた。でも、乗った。
一駅だけ。それだけで降りた。息が荒かった。心臓が早かった。でも、パニックにはならなかった。
次の日も、8時23分の電車に乗った。今度は二駅。
その次は三駅。少しずつ、距離を伸ばした。
いつも同じ車両の同じ席に座った。窓側の、一番後ろから二番目。そこが私の席になった。
毎日同じ。それが、安心になった。
3ヶ月が過ぎた頃、気づいた。同じ電車に、同じ人たちが乗っている。
いつも本を読んでいるサラリーマン。イヤホンをつけて音楽を聴いている女性。うつらうつらしている学生。
誰も私のことなんて見ていない。みんな、自分の時間を過ごしている。それに気づいたとき、少し楽になった。
半年が過ぎて、私は再就職した。前とは違う、小さな会社。でも、いい会社だった。
毎日、8時23分の電車で通勤している。もう怖くない。むしろ、この時間が好きになった。
窓の外を見る。街が流れていく。季節が変わる。春には桜、夏には緑、秋には紅葉、冬には雪。
同じ電車、同じ景色。でも、毎日少しずつ違う。それが、なんだか愛おしい。
先週、いつもの席に誰かが座っていた。仕方なく、隣の席に座った。最初は少し不安だった。でも、大丈夫だった。
ああ、私は変わったんだなって思った。
完璧じゃない。今でも、たまに不安になる。でも、昔とは違う。電車に乗れる。会社に行ける。人と話せる。
小さな変化。でも、私にとっては大きな変化。
明日も、8時23分の電車に乗る。
その積み重ねが、私を支えている。同じことを繰り返す。それが、回復への道だった。
もし今、電車に乗れなくて苦しんでいる人がいたら。焦らなくていい。少しずつでいい。
いつか、あなたも。同じ電車に乗れる日が来る。
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*© 2025 匿名の通勤者*