後ろから二番目
そっと・3分

後ろから二番目:8時23分の電車

匿名の通勤者・3分・そっと

8時23分の電車。二両目。窓側の、後ろから二番目。

空いていれば、そこに座る。

このルーティンができて、一年になる。

一年前のわたしは、電車に乗れなかった。ドアが閉まる音で心臓が跳ねて、次の駅までの三分が終わらなかった。医者は病名をくれた。病名があると、少しだけ扱いやすくなる。そういうものらしい。

仕事は辞めた。半年、家にいた。

カーテンを開けた日のことは、覚えていない。たぶん、たいした日じゃなかった。ゴミを出したついでにコンビニまで歩けた日があって、公園まで行けた日があって、駅の改札の前で引き返した日が、その間に何日もあった。

順番に良くなっていったわけじゃない。三歩目で駅まで行けて、四歩目でまた玄関から出られない。そういう数え方の一年だった。

初めて乗れた日は、一駅で降りた。ホームのベンチでしばらく息をして、帰りは歩いた。

次の日も、同じ電車にした。8時23分。混みすぎていなくて、ガラガラでもない。それだけの理由。

同じ時間、同じ車両、同じ席。増やしたのは、駅の数だけ。

三ヶ月目くらいに、気づいたことがある。同じ電車には、同じ人が乗っている。ドアの横でずっと文庫本の人。イヤホンの女の人。毎朝うつらうつらして、毎朝ぎりぎりで降りていく学生。

誰も、わたしを見ていない。

みんな、自分の朝を運んでいるだけだった。それに気づいた日から、車内で数を数えるのをやめた。

今は再就職して二年目になる。前より小さい会社。8時23分に乗って、七駅目で降りる。

先週、わたしの席に知らない人が座っていた。

隣に座った。窓の外は、いつもより少しだけ違う角度で流れた。

それだけだった。

明日も、たぶん同じ電車に乗る。

― 匿名の通勤者

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