蛇口
ふつう・4分

蛇口:泣けたら楽なのに、泣けない

匿名の渇いた人・4分・ふつう

映画を見た。

感動する映画らしい。レビューには「号泣した」「涙が止まらなかった」って書いてあった。

見終わって、何も感じなかった。

いい映画だったと思う。ストーリーも分かった。あのシーンで泣くんだろうなってことも分かった。

でも、涙が出ない。

悲しくないわけじゃない。たぶん。分からない。何を感じてるのか、自分でも分からない。

最後に泣いたのがいつか、思い出せない。

半年前?1年前?もっと前?

昔は泣けた。小学生の頃はすぐ泣いた。中学でも、高校でも、たまに泣いた。

いつからだろう。泣かなくなったのは。

たぶん、泣いちゃいけない場面が多すぎた。

仕事でミスして悔しくても、泣いたら「メンタル弱い」って思われる。理不尽なこと言われても、泣いたら負けだと思った。

彼女に振られた時も、泣かなかった。友達の前で平気なフリをした。「まあ、しょうがないよね」って笑ってた。

親が入院した時も、泣かなかった。しっかりしなきゃって思った。泣いてる場合じゃないって。

そうやって、泣くのを止めてたら、いつの間にか出なくなった。

蛇口を閉めすぎて、壊れたみたいに。

泣けないのは、楽そうに見えるかもしれない。

全然楽じゃない。

泣けないと、しんどさの行き場がない。悲しみが体の中に溜まっていく。重い液体みたいに、底の方にどんどん沈んでいく。

でも出口がないから、ずっとそこにある。

時々、胸が苦しくなる。息がしづらくなる。理由はない。ただ苦しい。

それが涙の代わりなのかもしれない。体が泣いてるのかもしれない。

ある日、YouTubeで犬の動画を見てた。

保護犬が、新しい飼い主に会う動画。犬がしっぽ振って、飼い主の顔を舐めてる。

それ見てたら、目が熱くなった。

あれ。

涙は出なかった。でも、目が熱かった。それだけで、なんか安心した。

まだ壊れてなかった。蛇口が固くなってるだけで、中には、ちゃんとある。

最近、一人の時に試してる。

しんどい時、「しんどい」って声に出してみる。悲しい時、「悲しい」って言ってみる。

誰にも聞こえないところで。部屋の中で。小さい声で。

泣けない。まだ泣けない。

でも、目が熱くなる回数が、少しずつ増えてる気がする。

いつか泣ける日が来るのかは分からない。

でも、もし来たら、その時は止めなくていい。

誰に見られてなくていい。カッコ悪くていい。

泣いていい。

泣いていいんだよって、あの頃の自分に言ってあげたい。

― 匿名の渇いた人

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