誰にも見せないノートがある。
100均で買った、何の変哲もないB5のノート。
もう4冊目になった。
中身は落書きだ。
絵と呼べるほどのものじゃない。ぐるぐるした線とか、四角の中に四角を描いたやつとか、目のようなものとか、意味のない模様がたくさん。
誰かに見せたら「何これ?」と言われるだけのもの。
きっかけは、会議中だった。
話が長くて、手元の紙にペンを走らせていた。
ぐるぐるぐるぐる。
気がついたら、紙がまっくろになっていて、でも不思議と頭がすっきりしていた。
それから、仕事が終わった後にノートを開くようになった。
描くものは決めない。
ペンを持って、手が動くままにする。
丸を描くこともあれば、ギザギザの線を描くこともある。
何かの形になることもあるし、ならないこともある。
どちらでもいい。
嫌なことがあった日は、線が強くなる。
ペンが紙をこする音がざりざりして、それがなんだか気持ちいい。
嬉しいことがあった日は、丸が多くなる気がする。
気のせいかもしれないけど。
たまに1冊目から見返すことがある。
日付を書いているわけじゃないから、いつ描いたか正確にはわからない。
でも不思議と、あのときだな、とわかるページがある。
あの日、すごく辛かったな、というページも。
言葉にならなかったものが、ぐるぐるの線になって残っている。
絵が上手くなりたいと思ったことはない。
誰かに見せたいと思ったこともない。
SNSに載せるなんて考えたこともない。
これは私だけのもの。
世の中には、アウトプットしなきゃいけない、発信しなきゃいけない、形にしなきゃいけない、という空気がある。
でもこのノートは、何にもならない。
何にもならないから、自由でいられる。
上手い下手もない。正解も不正解もない。
ただ手を動かして、紙に線を残す。
それだけのことが、一日の終わりに私を少しだけ軽くしてくれる。
今夜もノートを開く。
今日の手は、どんな線を描くだろう。
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*© 2026 匿名の落書き師*