曲がったきゅうり
そっと・4分

曲がったきゅうり:おばあちゃんの畑で

匿名の孫・4分・そっと

土の匂いって、いつからこんなに好きになったんだろう。

子どもの頃は嫌いだった。汚いし、臭いし、服も汚れる。でも今は違う。土の匂いが、私を落ち着かせる。

きっかけは、おばあちゃんだった。

30歳で会社を辞めて、半年間実家に戻った。何もする気が起きなくて、毎日ぼんやり過ごしていた。

おばあちゃんは80歳を過ぎていたけれど、毎日畑に出ていた。「一緒に来るかい?」と誘われて、なんとなく付いていった。

畑は、家から歩いて10分くらいのところにあった。小さな畑。趣味でやっているだけ。トマト、きゅうり、ナス、ピーマン。そんな野菜が植えてあった。

「何をすればいいの?」と聞いた。

「何もしなくていいよ。ただ、そこに座ってな」

おばあちゃんはそう言って、草むしりを始めた。私は畑の端っこに座って、ぼんやり眺めていた。

蝶が飛んでいた。トンボもいた。風が吹くと、葉っぱが揺れた。遠くで鳥が鳴いていた。

何もしていない。何の役にも立っていない。でも、不思議と心地よかった。

次の日も、畑に行った。おばあちゃんは水やりをしていた。「手伝おうか?」と言ったら、「じゃあ、こっちのトマトに水をやって」と言われた。

じょうろで水をやる。ただそれだけ。でも、なんだか楽しかった。

トマトの葉っぱに水がかかる。土が水を吸う。その音、その感触。すべてが新鮮だった。

それから、毎日畑に通った。

草むしりをしたり、水やりをしたり、虫を見つけたり、ただぼんやりしたり。何の生産性もない。お金にもならない。でも、それがよかった。

ある日、おばあちゃんが言った。

「この畑、別に必要じゃないんだよ」

「え?」

「野菜なんて、買った方が安いし楽だもの。でもね、畑に来ると落ち着くんだ。土をいじると、生きてるって感じがする」

おばあちゃんは笑った。

「役に立たないことって、大事なんだよ」

その言葉が、私の心に刺さった。

私はずっと、役に立つことばかりを追いかけていた。仕事で成果を出す。お金を稼ぐ。社会に貢献する。それが「正しい」と思っていた。

でも、疲れた。役に立とうとすればするほど、自分が消えていく気がした。

畑は、何も求めてこない。ただ、そこにある。私も、ただそこにいる。それだけでいい。

トマトが赤くなった。きゅうりが大きくなった。ナスが実った。

収穫した野菜を、おばあちゃんと一緒に食べた。ちょっと歪んでいて、スーパーのものみたいに綺麗じゃない。でも、美味しかった。

「これ、最高の贅沢だね」とおばあちゃんが言った。

本当にそうだと思った。お金じゃ買えない贅沢。役に立たないけれど、豊かな時間。

3ヶ月が過ぎて、私は新しい仕事を見つけた。今度は前ほど頑張りすぎないようにしようと思った。

今も、週末はおばあちゃんの畑に行く。

土をいじる。野菜を育てる。虫を眺める。空を見上げる。

何の役にも立たない。

先週は、おばあちゃんと二人で、できそこないのきゅうりを「これはこれで」と言いながら齧った。

曲がってる方が、味が濃い気がする。たぶん、気のせいだと思う。

― 匿名の孫

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