洗い物をしていたら、鼻歌を歌っていた。
気づいた瞬間、手が止まった。
あれ。私、いま歌ってた?
思い出そうとしたけど、何の曲かもわからない。適当なメロディ。たぶん何かのCMソング。
それ自体はどうでもいいことなんだけど、ちょっと驚いた。
だって、ここ2年くらい、歌なんか歌ってなかったから。
2年前に仕事で潰れて、半年くらい動けなかった。
布団から出るのがやっとで、テレビもつけなかった。音楽なんて聞く気にもならなかった。
好きだったはずのアーティストの新曲が出ても、再生ボタンを押せなかった。
少しずつ動けるようになってからも、音楽を聞く習慣は戻らなかった。
静かな部屋で、静かに過ごす。それが普通になっていた。
だから、自分の口から歌が出てきたことに驚いた。
いつから歌えるようになったんだろう。
わからない。気づいたら歌ってた。
その日は一日中、そのことを考えていた。
思い返すと、最近少しだけ変わったことがある。
スーパーで流れてる曲に足が止まるようになった。
信号待ちで、イヤホンから音漏れしてる隣の人の曲が気になった。
カフェのBGMが心地よくて、長居した。
意識してなかったけど、音が戻ってきていたのかもしれない。
回復って、こういうことなのかもしれない。
「治った」っていう日は来ない。
ある日突然元通りになるわけじゃない。
ただ、気づいたら鼻歌を歌っている。
気づいたら、音楽が耳に入ってくるようになっている。
気づいたら、少しだけ世界の音量が上がっている。
そういう小さな「気づいたら」の積み重ねが、回復なんだと思う。
今日も洗い物をしながら、何か歌ってた。
相変わらず何の曲かはわからない。
でもいい。歌ってる自分がいるだけで、十分嬉しい。
---
*© 2026 匿名の鼻歌さん*