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ある欠勤者の記録 ― 会社を休んだ朝

📅 2026-03-23⏱️ 4分✍️ 匿名の欠勤者
連載ある欠勤者の記録疲弊欠勤営業事務
📖 ある欠勤者の記録1/5
アラームは6時半に鳴った。いつも通り。 止めて、起き上がって、カーテンを開けた。いつも通り。 顔を洗って、化粧水をつけて、トーストを焼いた。いつも通り。 クローゼットを開けた。昨日の夜、明日着る服を決めて、ハンガーにかけてある。白いブラウスとグレーのパンツ。いつも通り。 ブラウスに手を伸ばして、止まった。 止まった、というより、手が動かなかった。 べつに、何かあったわけじゃない。 昨日も普通の一日だった。いつもの電話対応、いつもの受注処理、いつもの「お疲れ様です」。上司に怒られたわけでもない。同僚と揉めたわけでもない。 ただ、ブラウスに手が伸びなかった。 ベッドの端に座った。時計を見た。7時12分。家を出るまであと33分。 33分あれば、着替えて、髪を巻いて、駅まで歩いて、間に合う。いつも通り。 でも、座ったまま、動けなかった。 頭の中で、今日の予定が流れた。朝礼、メール処理、11時に取引先から電話が来る予定、お昼は社食、午後は見積もり3件、夕方に月末の集計。 全部知ってる。全部できる。 なのに、それを想像しただけで、胸のあたりがぎゅっと重くなった。 7時25分。 スマホを手に取った。上司にメッセージを打った。 「おはようございます。体調不良のため、本日お休みをいただきたいです。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」 送信。 「ご迷惑をおかけして」。この一文を入れるかどうか、1分くらい迷った。入れなかったら、もっと迷惑に見えるかもしれない。入れた。 すぐに返信が来た。「了解です。お大事にしてください」 それだけ。普通の返信。普通のやりとり。 なのに、目から涙がこぼれた。 なんで泣いてるのか、分からなかった。嬉しいわけでも、悲しいわけでもない。ホッとしたのかもしれない。罪悪感かもしれない。たぶん、全部。 トーストが冷めていた。半分かじって、残りは捨てた。 パジャマのまま布団に戻った。目を閉じた。 今日一日、何もしなくていい。 そう思った瞬間、身体の力がふっと抜けた。 いつからこんなに力が入ってたんだろう。 分からない。思い出せないくらい、ずっとだったのかもしれない。 外から、電車の音が聞こえた。あの中に、いつもの私がいるはずだった。7時45分の各停。座れないから、ドアの横に立って、イヤホンでポッドキャストを聴く。 今日の私は、布団の中にいる。 明日は行こう、と思った。 明日は、たぶん、行ける。 --- *© 2026 匿名の欠勤者*
ある欠勤者の記録