アラームは6時半に鳴った。いつも通り。
止めて、起き上がって、カーテンを開けた。いつも通り。
顔を洗って、化粧水をつけて、トーストを焼いた。いつも通り。
クローゼットを開けた。昨日の夜、明日着る服を決めて、ハンガーにかけてある。白いブラウスとグレーのパンツ。いつも通り。
ブラウスに手を伸ばして、止まった。
止まった、というより、手が動かなかった。
べつに、何かあったわけじゃない。
昨日も普通の一日だった。いつもの電話対応、いつもの受注処理、いつもの「お疲れ様です」。上司に怒られたわけでもない。同僚と揉めたわけでもない。
ただ、ブラウスに手が伸びなかった。
ベッドの端に座った。時計を見た。7時12分。家を出るまであと33分。
33分あれば、着替えて、髪を巻いて、駅まで歩いて、間に合う。いつも通り。
でも、座ったまま、動けなかった。
頭の中で、今日の予定が流れた。朝礼、メール処理、11時に取引先から電話が来る予定、お昼は社食、午後は見積もり3件、夕方に月末の集計。
全部知ってる。全部できる。
なのに、それを想像しただけで、胸のあたりがぎゅっと重くなった。
7時25分。
スマホを手に取った。上司にメッセージを打った。
「おはようございます。体調不良のため、本日お休みをいただきたいです。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
送信。
「ご迷惑をおかけして」。この一文を入れるかどうか、1分くらい迷った。入れなかったら、もっと迷惑に見えるかもしれない。入れた。
すぐに返信が来た。「了解です。お大事にしてください」
それだけ。普通の返信。普通のやりとり。
なのに、目から涙がこぼれた。
なんで泣いてるのか、分からなかった。嬉しいわけでも、悲しいわけでもない。ホッとしたのかもしれない。罪悪感かもしれない。たぶん、全部。
トーストが冷めていた。半分かじって、残りは捨てた。
パジャマのまま布団に戻った。目を閉じた。
今日一日、何もしなくていい。
そう思った瞬間、身体の力がふっと抜けた。
いつからこんなに力が入ってたんだろう。
分からない。思い出せないくらい、ずっとだったのかもしれない。
外から、電車の音が聞こえた。あの中に、いつもの私がいるはずだった。7時45分の各停。座れないから、ドアの横に立って、イヤホンでポッドキャストを聴く。
今日の私は、布団の中にいる。
明日は行こう、と思った。
明日は、たぶん、行ける。
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