封筒
ふつう・5分

ある欠勤者の記録(3/5)

封筒:ある欠勤者の記録 ― 診断書をもらった日

匿名の欠勤者・5分・ふつう

クリニックの待合室は、思っていたより普通だった。

壁にポスターが貼ってある。観葉植物がある。雑誌が並んでいる。

もっと重たい場所を想像してた。「心療内科」という看板を見上げた時、足が止まりかけた。ここに入ったら、自分が「そういう人」になってしまう気がした。

予約を取ったのは、同期に勧められたから。

3回目の欠勤のあと、「一回、病院行ってみたら?」と言われた。心配してくれてた。ずっと。

「私、そこまでじゃないと思うんだけど」

「そこまでじゃない人は、3回も会社休まないよ」

何も言い返せなかった。

名前を呼ばれて、診察室に入った。先生は50代くらいの男の人で、穏やかな顔をしてた。

「どうされましたか」

どうされましたか。何から話せばいいか分からなかった。

「あの、仕事に……行けない日が、あって」

「いつ頃からですか」

「先月くらいから。3回くらい」

「3回。きっかけは何か思い当たりますか」

「……特にないです。朝、動けなくなるんです」

先生はうなずいた。責められるかと思った。「それくらいで」と言われるかと思った。

でも先生は、「眠れてますか」と聞いた。

眠れてるかどうか。眠れてると思ってた。でも、考えてみたら、夜中に何度も目が覚める。寝る前にぐるぐる考える。朝起きた時、寝た気がしない。

「……あんまり眠れてないかもしれません」

「食欲は?」

「食べてますけど、おいしいとは思わなくなりました」

先生は、いくつか質問をして、メモを取って、少し黙った。

「適応障害、という状態だと思います」

適応障害。

聞いたことはある。でも、自分の名前の横に置かれると、急に知らない言葉みたいになった。

「ストレスの蓄積で、心と身体が『もう無理です』と言ってる状態です。原因がひとつじゃないことも多いですよ」

原因がひとつじゃない。

それを聞いた時、少しだけホッとした。ずっと「原因が分からない」ことが怖かった。何がきっかけか分からないのに動けなくなる自分が、おかしいと思ってた。

でも、「ひとつじゃない」なら、分からなくて当然なのかもしれない。

「診断書、書きましょうか。会社に出すなら必要でしょうから」

診断書。紙一枚で、「あなたは休んでいい」と証明されるもの。

「……はい。お願いします」

帰り道、封筒を持って歩いた。中に診断書が入ってる。

「適応障害により、1ヶ月間の休養を要する」

この紙を上司に出したら、私は正式に「休職する人」になる。

出したくなかった。出さなければ、まだ「ちょっと体調が悪い人」でいられる。

でも、ちょっと体調が悪い人のふりを続けるのも、もう限界だった。

駅前のドトールに入って、コーヒーを頼んで、封筒をテーブルに置いた。

しばらく眺めてた。

これは、逃げなのかな。

それとも、やっと正しいことをしてるのかな。

コーヒーが冷めるまで、答えは出なかった。

― 匿名の欠勤者

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