公園のベンチ
ふつう・4分

ある欠勤者の記録(4/5)

公園のベンチ:ある欠勤者の記録 ― 休職3ヶ月目の散歩

匿名の欠勤者・4分・ふつう

散歩を始めたのは、先生に言われたからだ。

「毎日じゃなくていいから、少し外を歩いてみてください」

最初の1ヶ月は、ほとんど外に出なかった。カーテンを開けるのがやっとだった。

2ヶ月目に、コンビニまで行けるようになった。往復5分。それだけで疲れて、帰って寝た。

3ヶ月目の今、30分くらい歩けるようになった。

今日は、いつもと違う道を歩いてみた。

住宅街を抜けると、小さい公園があった。知らなかった。2年住んでるのに。

ベンチに座った。平日の昼間の公園は空いてる。おじいさんが一人、鳩にパンをあげてた。小さい子を連れたお母さんが、砂場のところにいた。

平日の昼間に公園にいる大人は、みんなそれぞれの事情がある。おじいさんは退職した人かもしれない。お母さんは育休中かもしれない。私は休職中。

誰も私に「なんでここにいるの」とは聞かない。

それが、ありがたかった。

風が気持ちよかった。3月の風。まだ冷たいけど、冬とは違う冷たさ。

こういうことを感じられるようになったんだ、と思った。

休職し始めた頃は、何も感じなかった。天気も温度も、どうでもよかった。

今は、風が冷たいと「冷たいな」と思える。桜のつぼみを見て「もうすぐ咲くな」と思える。

それだけなんだけど。

帰り道、駅の前を通った。

改札から出てくる人たちを見た。スーツの人。リュックを背負った人。早足で歩いていく人。

3ヶ月前の私も、あの中にいた。

ふと、罪悪感が押し寄せた。

みんな働いてる。みんな頑張ってる。私は、公園のベンチに座ってた。

同期から、先週LINEが来てた。「元気? 無理しないでね」。返信したけど、何を書いていいか分からなくて、「ありがとう、ぼちぼちやってるよ」と送った。

ぼちぼち。便利な言葉。何も言ってないのに、何か言った気になれる。

同期は今も、私の分の仕事をしてくれてるんだろうか。もう引き継がれて、私のことなんか忘れてるかもしれない。

どっちが辛いか分からない。

家に帰って、靴を脱いだ。

冷蔵庫を開けて、麦茶を飲んだ。

今日は30分、歩けた。

それだけを、今日の成果にしよう。

明日は歩けないかもしれない。でも、今日歩けたことは消えない。

先生はそう言ってた。「できた日のことを覚えておいてくださいね」って。

覚えておく。3月の、風がちょっと冷たい日に、知らない公園で、ベンチに座ったこと。

それだけのことが、今の私には十分大きい。

― 匿名の欠勤者

同じ棚から、もう一冊

研究所道具屋猫の国の地図