秒針
ずっしり・4分

秒針:父の形見の腕時計を、質に入れた

匿名の息子・4分・ずっしり

あの日、質屋の扉を開けた時の音を、今でも覚えている。

父が亡くなって3年。形見として受け取った腕時計を、私は質屋に持っていった。

別に高級な時計じゃない。父が定年退職の時に会社からもらった、ごく普通のセイコーの時計。でも父は毎日それをつけていて、私が子どもの頃、その時計の秒針を見ながら一緒に時間を数えた記憶がある。

借金が150万まで膨らんでいた。消費者金融からの督促が毎日来る。クレジットカードも限度額を超えている。携帯料金も払えない。どうしようもなくて、私は父の時計を手に取った。

「これ、いくらになりますか」

質屋の店主は時計を手に取って、じっと見た。

「3万円ですね」

3万円。父の40年間の勤続の証が、3万円。

でも私は頷いた。今すぐ現金が必要だった。背に腹は代えられない。そう自分に言い聞かせた。

契約書にサインをして、3万円を受け取る。財布に入れた瞬間、手が震えた。これで携帯料金と、今月の最低限の返済ができる。でも、父の時計はもう手元にない。

家に帰る電車の中で、ずっと右手首を見ていた。そこには何もない。当たり前だ。私はもう何年も、あの時計をつけていなかった。引き出しの奥にしまいこんでいただけだった。

それなのに、手放した途端に、喪失感が襲ってきた。

父には申し訳ないことをした。父が一生懸命働いて、定年まで勤め上げて、その証を私は売ってしまった。父は天国で何を思っているだろう。きっと、がっかりしているに違いない。

でも、私はそうするしかなかった。

借金の理由は色々ある。転職に失敗したこと、病気で働けなくなったこと、見栄を張って無理な生活をしたこと。言い訳はいくらでもできる。でも結局、自分の選択の結果だ。

あれから2年が経った。借金は、まだ全部は返せていない。でもゆっくりと、減ってきている。月3万円ずつ、コツコツと返している。

父の時計は、もう戻ってこない。質流れになって、どこかの誰かの手に渡っただろう。それでいい。その時計が、また誰かの役に立っているなら、それでいいと思う。

父はきっと、怒ってないと思う。形見よりも、私が生きていることの方が大事だって、そう言ってくれる気がする。勝手な想像かもしれないけど、そう信じている。

形見は失った。でも、父の記憶は消えない。一緒に秒針を数えた時間も、腕時計をはめた父の笑顔も、私の中にちゃんとある。

それだけで、十分かもしれない。

― 匿名の息子

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